Just One Thing #33
『Guess』のスカーフ
工藤 海(バリスタ)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2023.06.01
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#33
「僕、ミニマリストの真逆なんですよ(笑)色々着たいし、カラフルなスタイルが好きなんです。ブランドとか、高価な一点ものとか、(服に関しては)そういうものに本当に興味がなくて」
その意味で、この日も工藤 海(クドウカイ、以下カイ)が首元に巻いていたスカーフは、まさにそんな彼らしい愛用品だ。代々木上原のカフェでバリスタとして働いている、カイ。店に立つときは、ウェーブした黒髪をグリースでオールバックにして、ドレスパンツに柄のシャツをタックインして首元にスカーフを巻くのがお決まりのスタイルだ。
日曜日、早朝からコーヒーを淹れ、ようやく一息つける昼休憩の時間。朝は曇っていたのに少し陽が出て思っていたよりも暑くなった。彼も暑かったのか、カフェに入り席に着いたらスカーフを外した。その様がやけに手慣れている。彼は今日巻いてきたもの以外にも、だいたい20本のスカーフを持っているという。
「これは僕の奥さんのおじいちゃんからプレゼントしてもらいました。そういえば、基本的に自分で買ったものはあまりないかもしれないです。貰いもの、他人からのプレゼントが多いですね」
ほぼ毎日、違う服装をしている。それも、特定のブランドだったり、特定の年代だったり……そういう規則性はない。それなのに、ここまで似合うものやイメージが他人から見てもはっきりとしているのは、組み合わせや着こなしにカイのこだわりがあるからだ。
襟付きのシャツが多く、トラウザーにタックイン。サスペンダーやベルトでお行儀よくまとめて、色で遊ぶ。そして、首元に華を添えるのがスカーフだ。ちなみにスカーフは差し色にするよりもシャツの色味と合わせることが多いのは、カラフルな着こなしが多いカイらしい。
「どこかドレッシーな要素が欲しい」と話す言葉通り、くだけすぎないスタイルが品の良さを感じさせる。彼の丁寧な語り口や腰の低さや無駄のない身のこなしがそのまま身だしなみにも現れているようだ。
単に好きなものを着るのはもちろん、相手に与える印象、「身だしなみ」の要素があるのは彼の仕事柄もあるかもしれない。
バリスタとして今働いているカフェに立ったのは1年前。その前は、バーテンダーとして、渋谷にある某有名カクテルバーに勤めていた。今でも、時折自身が主催するイベント『Waltz』のホストとして、カクテルを振舞うことがある。
「大学を辞めて、ハタチの誕生日の次の日から、働きだしました。バーは、授業の特別講師をしていた方の紹介です。その方は、とある有名なカフェを創業したバリスタで、『起業家論』みたいな授業をやっていました。大学の授業なのに、教壇で『大学なんて意味ねぇよ』って言っていて(笑)大丈夫かな、と思いながら受けていたんですけど、同時に『かっけぇな』とも思っていました。浅煎りコーヒーを初めて飲んだのもその人がきっかけで、『コーヒーは苦い』っていう固定概念を変えられたんですよ。『おいしい』を創る人ってかっこいいな、と思うようになって。その人の店で働きたいと思ったんですけど、その時雇っていなくて、代わりに紹介してくれたんです」
接客を通して提案をする仕事には、元から興味があったが、中でも「おいしい」の提供に感銘を受けたという。
「提案することはもちろん好きなんですけど……僕の性格的に受け手の反応がすぐ見られた方がいいんですよね。おいしいものを飲んだり食べたときって、間違いなく目の前で笑顔になるんです!『あっ、おいしい……!』って。その意味では学生時代にバイトしていたアパレルの仕事も合ってました。服を着たお客様が目に見えてかっこよくなるし、気に入ってくれたら嬉しそうにしているのが見えるので。スノボの販売をバイトでしていたこともあるけど……本当の喜びは山を滑るまで味わえないじゃないですか。買ったその場の笑顔は『高い買い物をした』達成感が大きいから、ちょっと違うなあ、と」
その意味では、バーテンダーほど提案の反応が実感できる仕事はなかなかない。憧れの世界へ飛び込んだカイは、取り憑かれたかのように没頭していく。
「今思えばずっと、仕事のことを考えていたような気がします。休みの日は美味しいものを食べたり、バーへ行ったり、全てが勉強でした。店での仕事に生かせるか、取り入れられるかが必ず頭にありました」
忙しい日々の中でもインプットを辞めない姿は今のカイとも重なる。事実、バーテンダー時代の学びが今彼自身のバイタリティの源になっている。
「『カクテル的な考え方』を、バーで知ったんです。従来のクラシックカクテルって、ある程度作り方も決まっているんですよね。で、そのお店だとベースのお酒があったときにそれに合う香りを他のものから抽出して、組み合わせていく、みたいな研究が日々行われていて、それがすごい勉強になりました。あとはコロナ禍のとき、そのお店がカクテルと世界中にある料理や音楽をペアリングする企画をやっていたこともあって。仕事を通して、カクテルって食材との組み合わせだけじゃないんだなって気づいたんです。カクテルにせよ、コーヒーにせよ、色々なものと組み合わせられるんだなって」
ベースにあるものを他のものと組み合わせるために、距離、視点、角度を変える。そんな考え方、見方が「カクテル的」。気になって手に取った服を彼なりのルールで毎日新しい組み合わせにしていくのも、そこに原点があるのかもしれない。
主催しているイベント、『Waltz』でも、カクテルはもちろん、生演奏があったり、映画の上映があったり、郷土料理が楽しめたり、毎度来た人にとって新しい発見を仕掛けている。日々、好きなこと、興味の及んだことをどん欲に吸収するカイのアウトプットの場は、それだけ訪れる人にとっても好奇心を刺激してくれるはずだ。
飽くなき探求心の向かう先に仕事があるカイは、ともするとストイックで職人気質な人生観を持つ人に見えるかもしれない。彼が大切にしていることは、そんなこちらの想像を面白いほど裏切ってくれる。
「オンオフに境目をつけたくないんですよね。特に、それは仕事のときほど。服装もそうで、ネクタイは僕の中でどちらかというと『戦闘服』のイメージが強くて、スカーフは遊びが大きいかなって。たとえば、仕事が終わった後にお酒を飲んだり、休憩がてら好きなカフェでコーヒーを飲んだり……仕事もその延長にあって欲しくて」
2年間働いたバーから、カフェへと職場と仕事を変えたのもそういった考えによるところが大きい。一日のほとんどが仕事に係る時間だったバーテンダー時代を経て、今の彼が大切にしていることは何なのか。
「家族と過ごす時間だったり、友だちと話す時間だったり。仕事との繋がりを考えなくても、そういう時間はすごく大事だなって考えています。ただ、仕事とそれ以外の時間と、どちらが大事、というのはなくて。そこに境目をつけずに大切にしていきたいと思っています」
転職のタイミングは、妻との間に子どもを授かったタイミングでもあった。仕事だけの時間ではなく、家族と過ごす時間も大切にできる環境を選んだのは、必然だったともいえる。そして、その選択は、仕事やプライベート、家族と友人といった人生の構成要素も点ではなく線として考える。そして、異なる要素の組み合わせとしてできあがっていく人生観にも結びついていく。
「昔は大きなことを考えることが多かったんですよね。それこそ、社長になりたいとか。ただ、それって現実的ではなくて、現実は今あるものでしか変えていけないって思うようになったんです。だからといって、やらない、諦める、じゃつまらない。たとえば、僕には子どもがいて、まだ小さいので今すぐ海外には行けません。だから、今はそれまでにお金を貯めて、3年後には子どもも、もう少し大きくなって預けられるな、そのときまでに今できることはなんだろう、みたいな」
彼にとって、生活の一つ一つや関わる人、周囲の人、仕事での発見や出会い。それらすべてが組み合わせの構成要素になり得る。その意味では、壁を作らずに全体を大切にしていく考え方は、バーテンダー時代から続けている「カクテル的考え方」の延長線上にあるものだ。一見すると仕事観から真逆にも思える人生の転機は、カイにとって追究してきたものを生かす上でごく自然な選択だった。
バーテンダー時代を思い出したように、カイは付け加えた。
「1日24時間のうち20時間は仕事のことをしていたくらいの感覚でしたよね。ただ、その中でも自分なりに興味を持ったものについて知見を広げたいと思っていて。仕事が始まる前、よく渋谷駅前の蔦屋書店に寄っては雑誌を読み漁っていました。眠い目をこすりながらコーヒー1杯でライフスタイル系の雑誌とか本を片っ端から。で、そのたびに『世界はこんなに広いのに、なんでおれは仕事のことしかできていないんだ』みたいに思うんですよ」
冒頭での言葉、「ミニマリストの真逆」という言葉を改めて考える。服でいえば、シチュエーションやその日の気分、天気を考えたうえで、それらに左右されない最大公約数的な答えを求めていくのがミニマリストだとする。それに対してカイの場合は、誰と合うか、どこに行くか、何をするかは、すべて選択肢を膨らませる構成要素だ。服装だって、毎日違う服を選ぶなら、その服を選ぶの相応しいだけの理由があり、それはカイの日常を構成する様々なヒト、モノ、コトの掛け合わせが創り上げていく。
今日はスカーフを巻こうか。巻いていくなら、どのスカーフにしようか。その基準は彼の中では何か一つ絶対のルールがあるわけではない。仕事と日常、内向きと外向き、カクテルとコーヒー、お酒と音楽やファッション……。壁を作ることなく、好きなものがフラットに存在している彼の生活の中で、全体像としてその日はどんな日か。そう考えた上で一番しっくりくるその日の彼を表すものとして、首元の一本が決まる。
きっと今、こうしてカフェに立ってコーヒーを淹れているカイにとって、これから飲む人の「おいしい!」という言葉や笑顔、会話、着ているもの。それらも彼にとってのインプットになっていて、どこかで彼なりのアウトプットに繋がっている。
さあ、今日は何色のスカーフを巻いているんだろう。
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工藤 海(バリスタ)
バリスタ。代々木上原にあるカフェバー『No.』でマネージャーを務める。同店は、「昼夜問わず人と人が出会い語らう『生活空間』としてのカフェバーと、対話から生まれる着想を形にする『仕事空間』としてのクリエイティブオフィスが融合した拠点」がコンセプト。プライベートでは2児の父親でもある。
Instagram:@kai_output
No.(ナンバー):@no.tokyo
Waltz:@waltz.tokyo
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。