波のない、梅雨

えもーしょん 中学生篇 #36

波のない、梅雨

2010〜2013/カイト・中学生

Contributed by Kaito Fukui

People / 2020.06.22

プロサーファーの夢をあきらめ、今はイラストレーターとして活躍するKaito Fukuiさん。小学生から大人になるまでのエモーショナルな日々をコミックとエッセイで綴ります。幼い頃から現在に至るまでの、時にほっこり、時に楽しく、時に少しいじわるで、そしてセンチメンタルな気分に包まれる、パーソナルでカラフルな物語。

小学生篇、中学生篇、高校生篇、大人篇。1ヶ月の4週を時期ごとに区切り、ウィークデイはほぼ毎日更新!



#36 「波のない、梅雨」
(2010〜2013/カイト・中学生)

雨の音。

濡れた道路を走る、車の音。

水溜りを走る、トラック。

少し遠くで、誰かが強めに車のドアを閉める音がする。

近所のおばちゃん。

ママチャリのスタンドの音が鳴り響く。

降ったり止んだり

どんより、曇り空。

濡れたアスファルトを歩く。

濡れた、防風林。

松の葉の匂いがする。

誰もいない、ビーチ。

誰もいない、灰色の海。

梅雨の時期は波がない。

本当になにもない。

家に帰り、テレビをつける。

湿気の多い、リビング。

窓の、隅を見ると

イラっとする。

パパが

悲しそうな顔をして帰ってきた。

「どうだった?」

そう言うと

「湖みたいだった」

と、パパ。

「いやー、どうしようかな」

「出来なくもないな」

窓の外はシトシト雨が降っている。

豪雨でもなければ

傘を必要とするほどでもない

梅雨の雨が降っている。

かれこれ、2週間波がない。

少しでも、潮が引くタイミングを狙って

パパは、海へ行くつもりだ。

やめた方がいいに決まっている。

この時期に

波がないのに、海へ行くということは

それなりの、リスクがある。

いくら湘南とは言え

6月。

まだまだ、水温は低い。

フラットの日ほど、ウエットスーツの

気持ち悪さを強く感じることはない。

波がないゆえ、ドルフィンをしないため

足先、手先のみ濡れ

お腹や、背中はカラカラのまま。

フラットのため

サーフボードにまたがり

波待ちすることはなく

足のつく、少し沖で

ぷかぷかと浮かぶたび

背中とお腹が渇いたウェットスーツが

少し汗ばむボクの肌と擦れ

額には、脂汗。

「あぁ、気持ちが悪い」

心の中でそう言って

冷たい、海の中に頭をつける。

顔を上げ、アウトを見るも

一直線に広がる海。

額には、ヌメっと脂が残っている。

そして、あきらめて家に帰り

ウエットスーツは、シャワーにあたり

初めて濡れるのだ。

罪悪感に負け

シャワーを浴びずに、ウエットスーツを脱いでみる際は

明日、波が絶対にない事を確認する必要がある。

梅雨の、湿気にさらされた

濡れたウエットスーツ。

想像するだけで

あの匂いがする。

波のない、梅雨。


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