Just One Thing #26
カスタムのジーンジャケット
今井虎之介(会社員、クリエイター)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2023.02.23
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#26
「朝からブックオフでいろいろいい本見つけた!これ、ずっと欲しかったタトゥーアーティストの本なんだけどさ、なかなか見つからなくて。地元のブックオフにあったんだよ」
両手にブックオフの袋をぶら下げて現れた、屈強な身体つきの青年。まだ2月だというのに、ブラックデニムのジーンジャケット一枚をスウェットの上に羽織り、街を歩いている。住宅地にある駅前の商店街、道行く人とは一目で雰囲気が違う。一度でも会ったことがあれば遠目でも彼だとわかる。
今井虎之介(イマイトラノスケ、以下トラノスケ)、「クリエイティブ周りのなんでも屋」を名乗っている。フリーランスのカメラマンとして活動していた時期もあり、現在はクラフトビールの輸入を行う会社でグラフィックデザインやイベントの企画・ディレクションに至るまでを手掛けている。
「本格的に写真を撮りだしたのもここ数年の話なんだよね。もっというと、写真もグラフィックデザインも全部、独学。ずっと美術館に行ったり、デザインを見たり、インプットの量がえげつないと思う。だから、このデザインはバランスがいいとか、かっこいいなとかはナチュラルにわかるから、できることから自分で手を動かしているうちに仕事になってきた感じ」
そんなトラノスケの日常に染み付いたインプットがブックオフ巡り。
「これ以上のインスピレーション源はなかなかないよ。特にブックオフの洋書コーナーおすすめ。値段も安いし、見たこともないような面白い本が普通に並んでるからね」
世界中の図書館建築にフォーカスした写真集、アメリカンポップアートを扱った美術書、広告デザインのアイディア集…。重そうな本ばかりがぎっしりと入ったブックオフのビニール袋は今にもはち切れそうで、取っ手の部分は限界まで伸びきっていた。
宝探しを終えて、満足げな背中にはジーンジャケットに印象的なワッペンがびっしりついている。やはりというべきか、このトレードマークがトラノスケの愛用品だ。
「アメリカにいたとき、ナッシュビルのバーで飲んでて。その時、隣に座ったおっさんがワッペンだらけのジーンジャケットを着てたんだよね。話しかけたら『これ、おれのトラベルジャケットなんだよ』って。そのおっさんがなんかかっこいいなと思って、作ったやつ」
トラベルジャケット、という表現はあまり馴染みがない。ただ、どういう意味合いを持つもので何にロマンを感じたか、モノを見るだけで充分に伝わる説得力がある。昔トラノスケが愛用していた帽子の切り抜きや旅先で見つけたワッペン、留学で通っていた学校のエンブレム…トラノスケが生きてきた証がそのまま一着のジャケットに詰まっている。
「おれがかっこいいと思うのは、好きを貫いている人。たとえば写真を撮りたいって人がいたらその場の一過性の『やりたい』なのか、その後も継続して撮り続けたい意味なのかは全然違うじゃん?ここで後者にあたる人って、周囲に流されたり、何かに影響されたりしている人と違って、自分なりの信念がやりたいっていう欲求、衝動とバランスをとれてる人なんだよね。そういう人を本当にリスペクトしているし、生き方としてかっこいいなって」
自分の好きなもの、かっこいいと思うもの、信じているもの。それを服として着ること。それ自体に信念があるといっていい。旅をすることはリスクがあって、労力がかかって、お金もかかる。そういう中で、継続して新たな土地へ足を運ぶことは、そのままそういう生き方とも通じている。この考え方の形成には、トラノスケが20代前半をアメリカで過ごしたことが大きく関係している。
トラノスケがアメリカへ行ったのは、パフォーミングアーツの団体『Young Americans』への参加だった。南カリフォルニアを本部に置き、歌やダンスのワークショップを世界中で開催している。
興味本位だけで飛び込むにはハードルが高いことは間違いない。知り合いもいないアメリカで、長い期間、各地を転々としながらワークショップを開催する。何より、参加するには厳しいオーディションを勝ち抜かなくてはならない。やろうと思ったことに挑戦する。そして、信念をもってそれをやり遂げる。身をもって実践した体験こそが彼にとってのアメリカ滞在だった。
アメリカから帰って、現地で趣味として写真を撮っていたことがきっかけとなり、フリーランスのカメラマンとして働くようになった。Young Americansでは元々好きだったという歌を中心に自己表現に没頭していたトラノスケ。自身が興味のあること、自己表現を信念をもって突き詰めていく現体験が豊富だからこそ、新たなことに挑戦する上でも彼なりの一貫した目的意識を持っている。
彼がずっと目指していること。それは「究極のバイプレイヤーになること」だという。
「たぶん、おれって注意散漫なタイプなんだよ(笑)何かに熱中していたら、いつの間にか他の事にアテンションが向いちゃって別のことをしたくなって…その繰り返し。今、いろんなジャンルの仕事があって、目の前の仕事をしつつ違う仕事に手をつけて、常に次の仕事がある状態が丁度いい。だからおれ、ずっと仕事してるの(笑)で、やろうと思ったら何でもやるけど、逆にやりたくないことはなるべくやらない。そういうタイプだから、色々なことをやろうと思ううちに、リスペクトできる一緒に仕事したいやつのサポートに回ることが増えてきたんだよね。その相手が絵を描いていたり、文章を書いてたり、今の仕事でいえばお酒を売っている人だったりね」
やりたいことがいくつか出てくる。それは多少のリスクを負ってでもすべてやり遂げたい。そうしたときにすべてに共通しているのは、自らがリスペクトするもの、好きだと思ったものをより輝かせる立ち回りをすることだった。
トラノスケは行動に至るまでの決断が早い。比較的大きな決断であっても、そこで自身の「やりたいこと」にすべての労力やリソースを注ぎ込むことに何の躊躇もないように見える。結局のところ、彼の中でやりたいこと、貫きたいことがあるからこそ、決断を迫られたタイミングでも息をするように、ごく自然に選択が決まっているのかもしれない。
「アメリカから帰ってきたとき、まさかおれが会社で働いてるなんて思わなかったから(笑)ビールにも元々そんなに興味はなかったし」
たまたま旅先で飲んだクラフトビールの旨さに惚れこんだのをきっかけに、1年かけてクラフトビールを飲み歩き、追究したという。行き着いた先が現在の仕事。
「ビアバーで飲んでたら今の会社で代表をしてる人と隣になって、『クラフトビールのインポーターをしてるんだけど、英語が話せてクリエイティブが作れる人を探してる』って話になった。まさにやりたいことと合致してて、そのまま書類もなしにそこで働きだして(笑)」
大きな環境の変化も、トラノスケにとって間違いなく実りあるものであると確信していた。好きを貫く、そして行き着いた、好きを貫いている人をサポートする。それができる環境に飛び込まない選択肢はなかった。
「今度、社長の通訳でアメリカのウィスコンシンへ出張に行くことになったんだ。これを着ていくつもりだけど、結構ワッペンが新しいの溜まってきたから、その前にまた縫い付けようかな」
トラノスケの旅はこれからも続いていく。彼が貫く「好き」の向かう先へ、どんどん余白が減っていく、トラベルジャケットを羽織って。
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今井虎之介(会社員、クリエイター)
出身。南カリフォルニアを拠点にする非営利団体『Young Americans』の元メンバー。フリーランスのカメラマンを経て、現在は会社員兼マルチクリエイターとして活動している。自身の会社が経営する、クラフトビールを中心としたリカーショップ、バー『Dig The Line Doors』では自ら店頭に立ち、自主企画のイベントを開催することも。現在は毎週火曜日にフードとナチュールワインのミニイベントを行っている。
Instagram:@toragraphy.art
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。