オワリ。

海と街と誰かと、オワリのこと。

オワリ。

Contributed by Kite Fukui

People / 2023.01.06

大好きな海を離れ、アーティストになったオワリ。居心地の悪さを感じながら、それでも繰り返されていく毎日のあれこれ。「本当のボクってどんなだっけ?」。しらない街としらない人と。自分さえも見失いかけたオワリの、はじまりの物語。


教室の窓から流れ込んだ風は海の匂いがして授業どころじゃなかった。急いで海沿いの国道を自転車で走る。大きな橋を渡るとき、遠くの河口で白波が見えた。
家に着くと制服を脱ぎ捨てウェットスーツに着替える。サーフボードにワックスを塗って自転車にまたがり海を目指す。一漕ぎに目一杯力を入れて。大きな坂を下ると、漁船が見える。漁船が夕日でオレンジ色になっているけれど、焦る気持ちを抑えて慎重にカーブを曲がる。田舎に似合わないヤシの木を過ぎてやっと海に到着。
低気圧が太平洋沖にやってきて久しぶりに大きな波だ。ここの地形は、東からのウネリと相性がとてもいいこの田舎のどこにこんなサーファーがいるんだろう。と思うくらい海にはたくさんのサーファーがいた。

「オワリーーーー!」

近くに止まっていた車から男が手を振っている。車のボディに波情報サイトのロゴ。
なっーー名前が出てこない。
軽い笑顔でちょっとオーバーに手を振ってみる。男は車を降りて嬉しそうに、こちらにやってくる。だけど、早く海に入りたいので笑顔でオーバーに手を振りながら、砂浜を走る。暗くて寒い冬が終わって、太陽の温もりが砂浜に残っている。
一日中靴下で蒸らされた足の裏が気持ちいい。軽くストレッチをしてから入水。何度も何度も波をくぐって沖へ向かう。波をくぐると頭が冷えてスッキリするけど。波をくぐる度に背中にこびりついた悩み事も流れ落ちて仕舞えばいいのに。
突然、首の隙間からウエットスーツの中に水が入っても今日は全然気にしない。多分、今日が最後のサーフィンかもしれないから。プロになれなかったとか、結局いろいろ悩んで大学へ行かず、フリーターになることとか、1人暮らしするとか、全然先を想像できない未来のこととか、貯金のこととか、もう今は陸での悩み事なんてどうでもいい。

「きっと大丈夫」って信じて沖へ進む。

誰よりも一番沖に出て、誰よりも一番大きな波に乗る。つま先から頭のてっぺんへ波が全身を流れるようなこの感覚。こんな感覚を都会で感じられるのだろうか、疲れたら海へ飛び込んで、ぷかぷか浮かんで、ものすごく高い空をぼんやり眺めることなんてできるのだろうか。
波が続く先に夕日が沈む。

「きっと大丈夫」と信じて陸へ上がる。

日が沈み暗い海にも月の光が写っている。
冷たくなった砂浜を歩いて自転車の方へ。さっきの男はもういない。きっと、何年もすれば僕がこの街にいたこと、どんなサーフィンをしていたのか、右足が前か左足が前かなんてことも忘れられちゃうんだろうな。
寂しい気持ちが夜のせいで増す前に、早く家に帰って暖かいお風呂に入る。


オワリ

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