『Danner』のブーツ

Just One Thing #36

『Danner』のブーツ

Loy(『シャオ・そなちね』スタッフ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.07.13

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#36


夕暮れ時、ひと気のない商店街は一層、暗くなる。アーケードにうっすらと蛍光灯の明かりが落ちて、やっている店があるとどうやったって目につく。

群馬県前橋市にある古着屋『シャオ・そなちね』は、17時にオープン。店を開けて1時間もしたら、陽が落ちてしまう。暖色のライトで照らされ、古道具や古着で溢れかえった空間が薄暗い商店街に浮かび上がる。

『シャオ・そなちね』のオーナーは、県内の大学生でもある颯(カザム)。そして、彼のパートナー、Loyが一緒に店頭に立っている。この日のLoyは、ブリーチしたハイトーンのウルフヘアと草木染のような色味と不思議な模様のTシャツ、くたくたになったワークショーツ、そして、履き込まれたブラウンレザーのブーツといった装い。父親からのお下がりだという『Danner』のブーツが一番のお気に入りだ。



「服が好きになったのは中学生の時で、その時履いていたのもお父さんのお下がり。服への『入り』はお父さんです。お父さんみたいなアメカジを最初着てて、メンズライクな感じが好きでしたね」

かなり渋好みなティーンエイジャーだったようで、先代のブーツは『レッドウィング』のワークブーツ。そちらも父親から譲り受けたものだったという。やがて年齢を重ねるうちに好きなテイストが変わり、現在はジャンルレスなスタイルを確立したLoy。

「今は『民族系』の服とか雑貨とか、そういう雰囲気が好きです。着飾ってるわけではない、というか。その人自身のこととか、その土地の雰囲気とか……。民族のスタイルってそういう生活そのものが出ていると思うんです。いろんな形があって、その人の暮らしの中で守られてきたものが見えてくるから」

エスニック料理を扱うカフェで働きだしたことをきっかけにアジア各地の民族文化や伝統衣装、民芸品に惹かれていった。それでも、根っこには、父親の影響が残っている。



「普通のものを選ばない、ってところは今でも似ていると思います。それこそ、スニーカーならadidasとかは選ばないかも。(お父さんは)60いかないくらいなんですけど、その年でピンクのめちゃくちゃ短いショーツとかアロハシャツとか着てて、それが似合ってるんです。めちゃくちゃかっこいいんですよ」

そんな父親は、時折店にも顔を出すという。

「何の予告もなく、突然来ます。会うときは私にもカザムにもすごくストレートな言葉をかけてくれて、『おれの娘、一生大事にするよ』とか『娘の彼氏には幸せになって欲しいんだよ!』とか。そういうお節介なところとか、愛をもって人と接するところとか。あとはバイクとか車が好きなのも、アクション映画が好きなのも、お父さん譲りですね」

本人の言葉通り、Loyは周囲の人について語るとき、その人への愛を込めて伝えてくれる。例えその場に本人がいなくても、その人をどれほど大切にしているのかがよく伝わってくる。それは、父親はもちろん、パートナーのカザムの存在が大きくかかわってくるようだ。

「一番大きいのは、彼(カザム)と出会えたことですね。彼の幼馴染の女の子と仲良くなって、当時私が働いてたカフェに『よく一緒に来る男の子』って感じでそれほど話してなかったんですけどね。付き合いだしたときから謎の信頼がありました。それこそ、何をしても止めないでいてくれる、自由でいさせてくれるところがありがたくて。存在を認めてくれているというか、一緒にいてすごく生きやすいんです」

実際に、店での彼女はどこまでも自由にその創造性を発揮している。ショップカードやフライヤー、SNSの画像等、ところどころにLoyが自らデザインしたグラフィカルなロゴが配されていて、カザムがオーナーなら、彼女はクリエイティブディレクターのような役割を果たしているといっていい。



特に衣食住において自由であること。その大切さを痛感する体験があったからこそ、店に立ち、自らの創作に勤しむ今がある。

「うつと摂食障害を患っていた時期があったんです。今でもたまに症状が出てしまうことがあるけれど、近くにカザムがいてくれて相談できるし、ある程度(病気と)付き合えるようになったかなって思います」

高校時代からバスケットボールに打ち込み、大学はスポーツ推薦。全国屈指の強豪校で体育教員になるための道を進んでいた。それまでは、本人曰く「親の敷いたレールに乗って」生きていたというLoy。しかし、大学進学後、部活内のいじめが引き金となり、精神的に追い込まれてしまい、部活を辞めた。

「部活はめちゃくちゃ厳しくて、髪染めるのもだめだし、車にも乗っちゃだめ、バイトもできないし、みんな寮住みで練習したまま授業を受けるからジャージ姿で。そういう環境から部活を辞めて一気に解放されたんです」

まさに、衣食住における「衣」の自由が奪われていた期間を経て、最初は髪を真っ白にブリーチした。そして、元々好きだった服を自分で選んで大学へ通った。それこそ、しばらくしまっていた父親のお下がりのブーツも履いて行った。別に目立とうとしたわけでもなく、ごく自然に自分の好きなものを選んでスタイルが出来上がったという。



「当時は目立っていたみたいです。周りから心配されたり、カンニング疑われたり(苦笑) 最近、もしかして変わってるのかなって気づいてきたんですけど」

大学を卒業後は、カフェでアルバイトをしていたLoy。料理と出会い、現在のファッションを確立する上でも重要な、民族衣装や民芸品にも興味を持った場所だった。現在でも『シャオ・そなちね』でイベント出店時に料理を振舞うことがあるという彼女にとって、大きな転機となったことは間違いない。

「カフェで働いているうちに調理師の免許取りたくて学校へ通ったんです。でも、結局やめなきゃいけなくなっちゃって。摂食障害がひどくなってしまって」

今となってはつらい思い出かもしれないが、当時の体験が彼女を突き動かしていることも事実だ。摂食障害を患った時期、入院を余儀なくされたLoyは、そこで再び衣食住における不自由と直面する。

「拒食症で入院している子たちと出会いました。ほとんどが小中学生で、私が一番年上みたいな環境でした。『外ってどういうところ?』みたいなことをいつも言ってくるんです。ずっと保健室登校で学校にも通えていない子たちがたくさんいて。そういう子たちがふらっと来て、ただいるだけで安心できる場所を創りたいと思っています。最初はゲストハウスかカフェをやろうと思ったんです。色々あって、今はカザムと服屋をやっているんですけど、その意味ではまだ満足はしてなくて」

食べたくても、食べられない。食べたくないときでも、食べないといけない。更には、睡眠時間や所持品まで。そうした生活すべてを管理され治療にあたっていた時期に感じた息苦しさと、その苦しさを共有した年下の仲間たちの様子から、「安心できる場所を創りたい」という思いを持つに至った。

「人を幸せにすることって難しいけど、無条件に受け入れてくれる場所があったらいいな、って。たとえば、このお店を始める前に会った長野の古着屋さん周りの人はすごく優しくて、いつ行っても受け入れてくれたんです。創りたいのは、そういう場所。ただ、私自身おせっかいなところもあるので、関わってくれた人には愛情をこめて接したいですけどね。その人が外に出たり、なにかをするきっかけになれたら」

『シャオ・そなちね』には、服を見るだけでなく、おしゃべりをしたり、タバコを吸ったりするための席が設けられている。Loy自身もその席によく腰かけて話している様子は、目指す「無条件に受け入れてくれる場所」への道を着実に歩んでいるように見えた。



もしかしたら、さっきふらっとやってきた制服姿の女の子は学校では居づらさを感じているかもしれない。周囲にファッション好きな友だちが出会えない服飾専門学校生も遊びに来るという。

履き込まれた素敵なブーツは、そんなお客さんとの会話のきっかけにもなるかもしれないし、彼女自身に衣食住の自由を得る大切さと喜びを実感させてくれるものかもしれない。そして、それは父親やカザム、その他Loyに愛をもって接して、自由でいさせてくれる全ての人との関わりを象徴するものでもある。このブーツを履き続けて、いつか新しいものに履き替えるとき、彼女の目指しているものが何らかの形になっているんじゃないか。この日、少しの間一緒に過ごして、そう思えた。


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Loy(『シャオ・そなちね』スタッフ)
群馬県出身。前橋の古着屋『シャオ・そなちね』で店頭での接客はもちろん、店内の内装やイベントフライヤーのデザイン、ビジュアルのディレクションを担当している。また、ヘアモデルとしても活動している。
Instagram:@622_____l
『シャオ・そなちね』Instagram:@xiao.sonatine_from_jb


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