ヴィンテージのベースボールキャップ

Just One Thing #34

ヴィンテージのベースボールキャップ

MK(『muddler』オーナー)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.06.15

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#34


この記事が公開される頃、彼はアメリカにいる。自身と仲間で営む古着屋『muddler』の買い付けへカリフォルニアへ向かうという。『muddler』のオーナー、MK(以下、ミズキ)はこの日も店頭、カウンターの定位置に腰かけていた。原宿のキャットストリート裏、一軒家を改装した店内。カウンターの前には革張りのバースツールと大きなソファがあって、馴染みと思わしきお客さんと談笑しているのをよく目にする。



「見て見て、めっちゃきれいにセットできました」

並べたキャップは、すべてミズキの私物。『USPS』、『TOWER RECORDS』といったアメリカの企業モノ、『ボストンレッドソックス』のベースボールキャップ、『RRL』のカレッジライクな浅めのものまで、出自は色々。よく見ると形や深さも結構ものによって違うけれど、全体的に浅めなものが多く、褪色やヨレ感といった経年変化がいい味を出しているものが揃う。そして、それをミズキが被るときは、長めの髪をオールバックにして、目元が見えないくらい、思い切り目深に被っている。

「一番はこれかもしんないっすね。今日被ってきたやつです」

手に取って、本人曰く一番しっくりきたのは、グリーンのウール製ベースボールキャップ。60年代のアメリカ製ヴィンテージで内側のベルト部分はレザーで補強されていて、アジャスターはついていない。

「奇跡的にぴったりだったんですよ、これ。サイズが深めに被ったときちょうどよくて」

その言葉通り、元は別の誰かの所持品であったことを疑ってしまうくらい、よく似合っている。



店で会うとき、必ずキャップを被っているイメージがあるミズキ。そのイメージ通り、キャップは中学時代から愛用しているアイテムだという。自宅には、常時20個のキャップを保持しており、今回持参したのはその中でも選りすぐりのお気に入りたちだ。

「帽子は中学からずっと被ってます。キャップそのものがモノとして好きなのと。あと僕、視力よくて。で、いつもまぶしいんすよ(笑)だからいつも深めに被ってる」

ミズキの服好きは、小学生時代から。アメカジ好きな父親と兄、そしてアメリカ在住の祖父の影響もあり、幼少期に古着が身近な存在だったという。

「誕生日プレゼントも、親に服をお願いしてました。覚えてるのは、小4のとき、ノースフェイスのナイロンパーカでしたね。当時はちょっと捻くれてたんで、年齢にそぐわない恰好をわざとしていたような気がします」

そんなかなり早熟な趣味を持つミズキが古着屋として生計を立てることを志したのは、必然だったのかもしれない。知り合いに古着卸業をしている知人もいたことから、10代の頃から様々な古着を見て、手に取る機会があった。実物を前に、大人たちから古着にまつわる知識を教わったことでよりその見識と愛を深めていった。

「色々見るうちに50~60年代くらいのアメリカンヴィンテージがかっこいいなって思うようになって。今の好きなものが固まっていきました。一番は、単純にシルエットっすね。あとは、そのシルエットがファッション性よりも、着やすさとか実用性に特化してる感じ。今ではラグランも有名になってるけど、元々は肩幅で服を選ばなくていいように、袖が合うように工夫されたものだったんですよね。あとは、今シャツの裾が『ぶった切り』のやつってあんまないじゃないですか。でも、タックアウトしてきたときにこれが一番かっこいい。なんでそういうデザインになったのか、っていう部分含めて好きになっていきましたね」

なぜそれが好きになったのか、そこまでのストーリーを丁寧に話してくれる。どうしてそうなったのか、なぜそれがあるのか。ミズキは、そういった背景一つ一つに対して旺盛な好奇心を向ける。その意味では、古着を買いに来た人がどうしてそれを手に取るのか、なぜ仕入れるのか、そういうストーリーを一緒に創っていける古着屋という仕事にも生きている。いわれてみれば、お気に入りのキャップも、一つ一つに実用性とストーリー性を持ったものばかりだ。



元々古着好きで、好きなものもはっきりしているミズキ。若いうちから業界の大人たちとの関わりもあったというし、最初から一人で商売を始めそうな人にも思える。ところが、『muddler』は、同い年の仲間4人で切り盛りしている。もちろん、単純にそれぞれの趣味の違いが反映されることとか、役割分担できることとか、お店の規模を大きくできることとか。そういう何人かでやるメリットはある。とはいえ、彼のことだから敢えて仲間とやる理由があるはずだ。

「それはもう、僕が一人でできるタイプじゃないからっすね。誰かがいてくれた方が責任を負える。で、責任を負うからこそ、色々やっていこうって思えるんです。『こいつのために』っていう思いが強い方なんで……無意識にそうやってるんじゃないかなと思うんです。近しい仲じゃなければそんなことあまり考えないけど、友だちとか親友の将来を一緒に創っていくってことなんで。『店やろう』って言い出したのは僕だからそこはしっかりやらないとなって思うんすよ」

一種の原動力になるほど、大切に思える仲間たち。実は一緒に店頭に立つメンバーのうち、カイヤとヒロトは小学校・中学校が一緒の幼馴染。そして、以前は別の古着屋で働いていたマオは、パートナーでもあり先日入籍したばかり。

お互いをよく知る間柄だからこそ、ミズキ自身もその相手をよく見ている。彼の中では、「店をやるなら他にいない」と思える人たちだった。



「店を始めたとき、カイヤはアメリカに行ってて、古着をピックしてくれてました。元々おしゃれなことも知ってたし、服の趣味が近いと思ってたんで、『こういう服買ってきてよ』みたいに連絡とって買い付けてもらってましたね。日本に戻ってきたタイミングで店にも立つようになって。ヒロトは本当に、ずっと一緒だから。服が好きなことも知ってたし、一緒にやるならこいつしかいないって。マオは知りあったとき、逗子の古着屋さんで働いてたんです。ある日、そこを辞めるって話を聞いて。そしたら、うちで一緒にやらない?って誘ったんです」

店の「言い出しっぺ」はミズキだった。背景やストーリーへ目を向けたうえで、「これしかない」と思った人を集めてやりたいことをやる。それは、古着をピックアップして、コーディネートを提案したり、店に並べたりすることと根本的には同じことだ。



原宿の店舗をオープンする前、『muddler』はオンライン専門で販売していた。偶然知人の紹介で物件が見つかり、当初の予定より早めに実店舗を構えることとなった。

「最初のうちは、僕らと同じ(20代)かちょっと下の世代の子が多かったっす。最近になって、ちょっとずつ上の世代のお客さんも増えてきました。僕らと年が近くて、同じような価値観を共有している人が『かっこいい』って言ってくれるのはやっぱりうれしいんですけど、年上で違う時代やカルチャーを生きてきた人から見てもらえるのもすごい嬉しくて」

実店舗を持ったからこその手応えは、対話こそがキーになっていた。

「来てくれた人が『こういうの好きなんじゃないかな』って当てるの、割と得意なんですよ。その日のファッション見て、一通り試着してる様子見て、『こんなのもありますよ』って出すことで会話が始まります。原宿っていう場所柄、いろんなお客さんが来るからそれが面白いんですよ。その人がどういう着こなししてるんだろう、とか買ってくれたものを着てもう一度来てくれた時に『あっ、こういう着こなししてるんだ』とか」

目深に被ったキャップに隠れて、ミズキの目元はよく見えない。その一方で、彼自身は関わった人や大好きなモノにまつわるストーリーを誰よりもまっすぐに見つめている。そんな彼が「これしかない」と選んだからこそ、長年手放さずに彼の頭上に落ち着いたはずだ。そして、そんなミズキに信頼を寄せる仲間たちもずっとこのキャップを被ったミズキを見ている。



「ちょっとこれから休憩なんで、外出ましょうか」

路上で一服がてら、キャップをとったミズキの目元は思いのほか人懐っこい優しい目をしていた。


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MK(『muddler』オーナー)
神奈川県横浜市出身。原宿の古着屋『muddler』、オーナー。アメカジ好きな父親と兄の影響もあり、10代から古着屋を志す。公務員、靴修理の仕事を経て古着業界へ。なお『muddler』は8月末をもって移転するとのこと。再オープンまではオンラインストアとポップアップをメインに営業予定(詳細は店舗Instagramをチェック)。
Instagram:@mizzzu_18
muddler:@muddler.official

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