『Levi’s』のデニム

Just One Thing #39

『Levi’s』のデニム

吉井萌(刺繍アーティスト、バリスタ)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2023.09.07

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#39


それは、ちょうど慣れ親しんだいつものカフェに、ある日一輪挿しが飾ってあったときの感覚に近い。気づいた方も、気づかれた方も楽し気に話すきっかけになるし、かといって「見て、見て!」というほどあからさまなものでもない。



刺繍アーティストの吉井萌(ヨシイモエ、以下モエ)が履いてきたデニムはそういうチャーミングな一点ものだった。遠目に見たら、『Levi’s』の定番550品番。きれいに色落ちして、すごくいい意味で「普通」のデニム。ただ一点、「普通」でないのは、そのデニムに青い花の刺繍が施されていること。それも、気づかない人は気づかないくらいの、直径2cmくらいの小さなワンポイントだ。

「古着屋さんで買ったときからなのかなあ。それか、いつの間にかなのかわからないけど、デニムに穴が開いてました。いつか直そうと思ってて、穴の上から刺繍したらかわいいかなって思ったんです。台風で出かけられなかったから、ちょうど家でできることをやろう、って縫い始めました(笑)それより前から趣味で刺繍はやってて、好きな作家さんをインスタで見ていたから、自分もやってみたくて」

レングスは少し長めで、ウエストも32インチのメンズサイズ。それでも、敢えてロールアップはせず、ワンクッションをためて履いている。よく見たら、ウエストはボタンをベルトループに引っ掛けてギュッと絞っていた。デニムは、ラフな履き方をしているからこそ、持ち主ならではの生活とか、仕事の癖が出る。

「3、4年くらい履いてますね。自分、あんまりモノ棄てられなくて(笑)服はあんまり買わないんですけど……結構、ずっと同じ服着ているかもしれない。カフェで働いているから、珈琲をこぼしちゃうこともあるし、自転車でこすれてここがほつれたり、破れたりするし。気にせず、めっちゃ洗ってますね」

モエは刺繍作家として、カフェやイベントスペースへのポップアップ出店をしながら、日中はバリスタとしてカフェで働いている。カフェがある日本橋馬喰町から近い場所に部屋を借りて、毎日、自転車で通勤。そんなライフスタイルを物語るように、うっすらとついた珈琲の染みとか、裾のほつれとか、小さなひっかけた跡とかが年輪のように刻まれている。同じ品番の『Levi’s』のデニムを履いている人は世界中にいるかもしれないけれど、全部床に並べても、この一本はモエのものだってわかるはずだ。



「高校を卒業して、麻布十番にあるベーグル屋さんに就職しました。3回生のときってみんな進学を考えると思うんだけど、自分はすごく飽きっぽい性格だし、あまり乗り気じゃなくて。ファッションに興味があったから服飾は考えたけど、販売員の仕事はやりたいと思えないし、全ての人が服を作って食べていける訳じゃないし……」

そんな折、彼女がとった選択は飲食の仕事だった。もしかすると、彼女自身手を動かして、好きなものを創ることに楽しさを既に見出していたのかもしれない。というのも、モエが数あるカフェの中でベーグル屋を選んだのも、詰まるところ「作ってみたい」に帰結する。

「インスタを見ていたらでレインボーカラーのベーグルが出てきて(笑)『ヤバい、何これ、作りたーい!』って思ってそのままそのお店に就職しちゃいました」

拍子抜けしてしまうくらい突発的なきっかけだけど、これ以上なく純粋な創作欲求だとも思う。そこから今のカフェへ職場が移り、バリスタとして働き始めてから、作りたいもの(創りたいもの)が広がっていく。

「ベーグル屋さんの仕事をしながら、これから何をやろうかずっと考えてました。いつかは自分のお店を持ちたかったから、コーヒーを淹れられたらできるかな、って。ちょうどそのタイミングで今のカフェが求人を出してたので応募しました」

そのカフェがある日本橋馬喰町は、若いクリエイターが集まる街でもある。例に漏れず、モエが働くカフェにも、そういった刺激になる同世代やちょっと年上の仲間たちが集まってきていた。

「カフェのビルにクリエイターとかITエンジニアとか、そういう仕事をしているフリーランスの人向けのシェアオフィスがあって、そこの人たちがコーヒーを飲みに来て、おしゃべりするようなお店でした。周りのお店にもいろんな子が働いていて。一緒にポップアップのイベントをやることもあります。みんな飲食で働きながら絵描いたり、制作したりしていて。才能に溢れているし、すごくいい人たちなんだけど、なかなか日の目を見る機会がなかったから、すごくいい機会で」

元々趣味でやっていた刺繍が表現活動としてのアウトプットになるのも、ごく自然な流れだった。最近は友人のポップアップとコラボレーションして手縫いのワークショップをやったり、ハンドメイドグッズ(トートバッグやTシャツ)を販売したりと作家活動も充実してきた。



モエは、自分のことを「飽きっぽい」性格と語っているが、意外なほど一度やり始めたことを形にしている。むしろ、カフェでの仕事や刺繍の制作、自分で決めたことは続いている印象を受ける。彼女の中で、作ってみたいものがあった時に、思い切ってやってみる。やっているうちに気が付いたらのめり込んでいる、そんな感覚なのだろう。

これからやりたいことを聞いたら、すごく楽しそうに答えてくれた。

「最近、作りたいものがいっぱいあり過ぎて(笑)まず、バンダナを全部手縫いの柄で作りたい。あとは、具体的に何かは決めていないけど、大きい作品。販売前提ではなくて、展示して見てもらう場をやりたくて」

今売っているグッズも、手仕事で作っているが、ただ自己表現するだけの場をやってみたいという。バリスタの仕事もしながら、作家活動を続けていくことは決して楽ではないだろうし、ただ「作ってみたい」という衝動から他人に見てもらう展示の間には大きなハードルがあるようにも思う。

「基本自分は欲しい物しか作らないから、極論、売りたくないんですよ(笑)いいなって思えるものを『好き』って言ってくれる人ががほかにいるのが嬉しい。自分をわかってもらえることがいいなって」

彼女がいつかやりたい店も、そんな「モエ自身をわかってくれる場所」にしたいという。

「今働いているカフェのそばに、毛糸を安く売ってくれるお店があって、たぶんめっちゃ暇なんですよ(笑)お客さんが来ても、縫物しながら接客してくる。そういう環境理想だなあと思ってて。すごく売り上げたいとか、有名になりたいとかではなくて、『いい』って思ってくれる人に届けばいいなって思うから。あとは、周りにいる人を応援できるお店にしたいですね。本当にカフェの周りで制作をしている友だちのことが大好きなので」

彼女が表現するものに手を動かしながら、そんな空間が居心地良い人が集まってくる。そういう店にしたいようだ。それにしても、自分が好きな物を作って、存在を肯定してもらえる。作ることの喜びを初めて味わったのはいつだろう。



「このデニムです!これを普段はいてて「かわいいね、これ」って言われるから。『自分で縫ったんですよ』っていうと『ええ!?』みたいな。最初のバイト先でお店の人に制服に『刺繍入れて』って頼まれて。白いシャツの胸の位置に名前の刺繍を入れてから、ちょくちょく頼まれるようになって」

なるほど、彼女にとっての創作意欲やきっかけを作ってくれるのがこのデニムだったのか。ぜひ、彼女を街で見かけたら、デニムの刺繡を探してみて欲しい。話しかけたらきっと、楽しい会話が始まるはずだ。



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吉井萌(刺繍アーティスト、バリスタ)
千葉県出身。日本橋馬喰町のカフェでバリスタとして働きながら、作家活動も行っている。現在はポップアップを中心に出展することが多い。イベントの告知や作品についてはInstagramをチェック。
Instagram:@0myaccount__
作品:@kay_wworks


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