Remember my name!

Contributed by anna magazine

People / 2017.11.15



「ニューヨークが好き」と無邪気に言えるのは、

特別な才能のひとつだと、僕は思う。

ニューヨークは、スケールが大きいようで、

実際のところ、驚くほどミニマムな世界。

だから、この街を楽しむためには、限られた時間とスペースの中で、

全力で自分を解放できる才能が必要なんだ。

“あんたたちは名声を夢見てる。

でも名声への道は、苦痛と汗との、長く厳しい道よ、いいわね?“

80年代のテレビドラマ「Fame」の冒頭のセリフ。

ニューヨークのアートスクールを舞台に、

表現者としての成功を夢見る若者たちの青春を描いた群像劇だ。

 

それがニューヨークの印象のすべてだった。

 

成功と名声を求める人と挫折する人。

そんなステレオタイプなニューヨークのイメージを

特にデフォルメして描いたストーリー。

常に展開はせかせかと急ぎ足だった。

 

ドラマは大好きだったのに、なぜか僕はニューヨークを嫌いになった。

 

たくさんの個性的なキャラクターのなかで、

もじゃもじゃのヘアスタイルが印象的な

ブルーノのことは、とても好きだった。

シンセサイザー好きのブルーノが奏でるメロディーは

エレクトリックなのに、どこか牧歌的で優しかった。

 

20年後、初めてのニューヨークで最初に聞いた言葉。

「君はこの街に何しにきたの?」。

ああ、これがニューヨークなんだなと、想像通りの展開に驚いた。

名前は聞かれないのに、何をやっているかをしつこく聞かれる。

 

その圧力は、本当に驚異的だ。

で、この街にいる間、誰もがその問いかけに答え続ける義務がある。

この街に憧れて、見切り発車でこの街を訪れた人々は、

そんな不安定な感じに翻弄されつつも、常にチューニングを繰り返し、

街のどこかの隙間にきっと居場所があると信じて、

前に進もうと、焦るように毎日を過ごす。

 

苦手だったのは、多分そんなでたらめなスピード感。

 

でも、ブルーノは、いつも優しかった。ピアノがうまくて、あたたかくて。

嫉妬し、挫折し、悩み続ける仲間たちに、

いつだって優しく、正しい解決策を教えてくれるのだ。

 

これって一体どういうこと?

 

前に進み続けたいけど、居場所が欲しい。

不安定で変わりゆくものが大好きでこの街にいるはずなのに、

安心できる、変わらないものを求めたくなる。

ブルーノはその「変わらない何か」の象徴だった。

 

あらゆる現実や、未来のこと。

自分の目の前を過ぎてゆくいろいろなことを

軽やかに無視し続けながら、

夢に向かって一歩を踏み出すニットキャップの女の子。

成功したかどうかじゃなくて、

成功したいと願ったかどうか、それが大事。

 

すれ違う女の子たちのそんな潔い感じを見たら、

ニューヨークを少しだけ好きになれた。

 

あとは、ずっと何も変わらない、ブルーノ。

 

「ところで、君って誰だっけ?」

きっとブルーノだって、本当は、

誰かの名前なんて覚えてないに違いないけど。

Remember my name!

須藤 亮/Ryo Sudo
anna magazine編集長。制作会社Mo-Greenで数多くの広告制作、企業ブランディングなどに関わる傍ら、“anna magazine”、“sukimono book”などペーパーメディアを中心に独自の視点で日常風景を再編集し続けている。

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