Just One Thing #40
アンティークのテーブル
谷口乃規(バリスタ)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2023.09.21
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#40
「今仕事着やから、ちょっと待ってな(笑)」
午後7時頃。ちょうど、仕事から帰ってきたところだという。ほどなくして、ラクな格好に着替え、出迎えてくれた。目黒不動前のコーヒーショップ『DAY COFFEE』の店主、谷口乃規(タニグチダイキ、以下ダイキ)は目黒区の住宅街にあるこの部屋へ引っ越してきて半年になる。部屋はウッド調の家具で統一され、オレンジのライトで照らされた空間は広々としていて、温かみがある。
「和歌山から東京に来て、ずっと同じ家住んでて。別に不自由じゃなかったら、ずっといたけど、なんとなく引っ越したいなってのはあった。ゆっくりできる家がいいなって」
以前は世田谷区豪徳寺のワンルームに住んでいたダイキ。当時の部屋から店までは自転車で40分弱。何年か生活してみて、もう少し店がある場所と近いところに住みたい、もう少しゆとりのある空間に住みたい、と思うようになったという。
「家具の配置考えながら部屋も見てたんよね。こういう丸いテーブルは置きたいなと思ってて。自分のやりたい家具の配置があったから、それに合った間取りがよくて、どうしても広さが必要やから」
部屋の一番目立つ場所にある、丸テーブルの奥に置いた椅子へ腰掛けた。デンマーク製のアンティーク。ところどころ職人の手仕事を感じる削り跡や丸みを帯びた造形が一点物ならではの愛らしさを持っている。
「形は、丸がよかったね。絶対、丸がいい(笑)楕円っていうか卵型、みたいなのもあるけど、それもあんまり好きじゃなくて。やっぱり、優しいよね、丸い方が。あんまりカクカクしたくない。見た目も全体のバランスめっちゃ変わるから。これは脚とかも角張ってるとこがなくていいな、と」
このテーブルを見つけたのは、都内のアンティークショップ。部屋の家具は基本的に全てヴィンテージ、アンティークで揃えている。
「部屋借りる前から、ずっとネットとかヴィンテージショップとか見て探してた。ただ、ヴィンテージで一点モノやから、先に見てても買われたら終わりやから。ちょうど部屋に越してきたとき見つかって」
テーブルに限った話ではなく、全て探していて、満足がいくものが見つかったら買う、というスタンスだそう。なんとなく、手近にあったもので、という妥協はしない。
「家具は、必死に探すことはなくて、いいのあれば欲しいなくらい。ほとんどヴィンテージで探してるから、いいのが見つかるまで買わない。テーブルとかソファとかサイドボードも絶対欲しいのが見つかるまで買わん、って決めてる。そうじゃないと、長く使えない気がするから。これでいいや、って適当なもんだとどうしてもね」
愛着が湧くこと。満足がいくものを長く大事に使うこと。これは、インテリアに限らず、ダイキのスタンスだ。
「それこそ、コーヒー淹れるときの道具は長いな。雇われてる時も、自分の道具は自分で買ってた。絶対自分で自分のものを使ってた。人のものを使うのがあんまり好きじゃないし、使われるのも嫌。あとは、コレクター気質なとこあるんよ。釣り道具とか、ルアーとかも全部は使わんけど、買う。10色あったら、10色買う(笑)家具以外だと、アロハシャツとか、スニーカーとか集めてたな」
部屋と同じように、今ダイキがオーナーとして立っている『DAY COFFEE』の店内にも、ダイキが愛着を持った、大好きなモノで溢れている。店の入り繰りに立てかけられたフレンチヴィンテージの時計、オーク材のカウンター、タイル張りのカフェテーブル……。すべて、部屋の家具と同じように自ら足を運んで見つけた一点物だ。
「場所的に窓から西陽が入るから、光の加減を見ながら、家具の配置を決めたんよね。ほんと、空間ありき。なんかあんまり、『こんな空間にしたい』とかは考えて作ってないかも(笑)好きな物を置いてるだけってのがあるかもしれない」
カウンターと数席のこじんまりした店ではあるけれど、それなりに一人でコーヒーを飲むにはゆとりがある、ちょうどいい作り。ダイキ自身が意図したわけではなかったけれど、居心地の良さを感じて足を運ぶ近くの人も多い。
「僕がほかのコーヒー屋さんに比べてあんまり喋らんタイプやからかな。たぶん、お店で話すのが苦手な人もいるんよね。根掘り葉掘り聴かれるのが嫌、ってなる人もいるし、でも僕はお客さんのフィールドには入っていかんタイプやから、それがちょうどいいのかなって」
自分が愛着の湧いたモノに囲まれて、好きな場所で、且つお客さんのパーソナルな部分に立ち入らない。それぞれの個を大切にする、という意味で、大切に愛着が湧いたものを長く使うダイキらしい店の在り方ともいえる。
こだわりの部屋、そして店。ダイキにとってこの2つの空間に実は隔たりはないように感じる。どちらも、彼が自ら選んだものがあり、「ホーム」として心穏やかに過ごせる場所。それでは、具体的に参考にした店やイメージソースはあったのか。
「それは特にないな。元々、今店やってる場所を、僕を雇ってたカフェのオーナーから買い取ったんよ。で、そのタイミングで自分の店持つから、インテリアに興味持って。そこからやね」
『DAY COFFEE』の店内を見回すと、アメリカのバス停留所で使われるような、椅子が置いてある。白を基調とした空間に、他のヴィンテージ家具と違和感なく並んでいるのが面白い。こういう、意表を突くような組み合わせがあるのも、きっと純粋に好きなもの同士の掛け合わせだからだ。
こうして自らの店を始めて、「ホーム」ともいえる空間を持ってから、同じようにくつろげる部屋へ住みたくなったという。
「休みの日の過ごし方は今までやったら絶対外に出てったけど、部屋が好きになるとうちいるようになるな。外に行ってわざわざどこかへ、ってならんくなった。豪徳寺居た頃はコンパクトなんてもんやなくて(笑)寝室の中に全部置く感じやったから、ほんま部屋では寝るだけ。寝る以外は外にいた」
空間が変わって、生活が変わった。とはいえ、元々の部屋に住んでいた時、休みの日の過ごし方もどこか今のダイキと重なる部分がある。
「朝起きて、羽根木公園の『Fuglen(Coffee)』行って、ゆっくりコーヒー飲んで、そっからお昼食べに行ったり、予定があったら何かしに行ったり。たまに釣りは行くけど、あんまりアウトドアする方ではないかもね。その頃は洋服買いに行ったりかな。『Wacko Maria』とか『Challenger』とか好きやったから。あとは下北近かったからカレー食べて、古着屋見て、みたいな」
基本的には、自身が心置きなく過ごせる場所を求めていたのかもしれない。店と部屋、2つの「ホーム」を手に入れたから、わざわざ他の場所を探す必要がなくなった。お気に入りのマグカップにコーヒーを淹れて、テーブルの手触りを確かめる。日々こうしているんだろうなと想像すると、どうにも羨ましくなってしまう。
その表情や語り口は、『DAY COFFEE』で見る彼の姿とほとんどギャップを感じない。自然体であること、そのためのすべを心得ていることがこんなにも豊かであるんだと気づかされる日だった。
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谷口 乃規(バリスタ)
和歌山県出身。目黒不動前のコーヒーショップ『DAY COFFEE』を営んでいる。アンティークショップを日頃からチェックし、運命的な一点物との出会いを心待ちにしているインテリア好き。最近は、2号店の物件を探しているとのこと。
Instagram:@daycoffee_tokyo
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。