『Ray-Ban』のサングラス

Just One Thing #9

『Ray-Ban』のサングラス

川原田昌徳(クリエイティブディレクター)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2022.07.01

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#9

 6月、短い梅雨が明けて、一気に夏が近づいた東京。蒸し暑い曇り空の午後、分厚い雲の隙間から陽が顔を出し、汗ばんだ道行く人々の顔が一層うんざりして見えた。渋谷の道玄坂を登り切ったオフィス街の一角、カフェで待ち合わせたのはクリエイティブディレクターの川原田昌徳(以下、マサノリ)だ。学生時代、彼はバリスタとしてこのカフェでコーヒーを淹れていた。現在も仕事場兼休憩場所としてこのカフェを利用している。
 今回持参してくれた愛用品は、『Ray-Ban』のサングラス、「ウェイファーラー」。数多くのミュージシャンや映画の登場人物たちが着用した不朽の名品。



「高3の時、地元の大分にあるメガネ屋さんで父親に買ってもらったやつ。その時は、親の影響でブルースが好きで。特に『ブルース・ブラザーズ』っていう映画に憧れていたんだよね」

 その主人公がスーツにハットでキメて、このサングラスをかけていた、という。1980年、ブルース映画の名作に心酔し、サングラスを親にねだる18歳。なかなか渋い趣味だ。

「ブルースに限らず、別のブルース映画の『クロスロード』で、主人公がクラシックギターを習っている最中にクラシックの曲を途中からブルースに変えて弾くシーンがすごく好きで。ルーツを守りつつ新しいことをやる、っていうスタイルがかっこよく思えた」

 そういわれてみれば、今のマサノリが好むスタイルにも、その影響が垣間見える。この日の装いは『ブルックスブラザーズ』のリネンシャツを軍物のドレスパンツにタックインした、普遍的なアメトラスタイルを踏襲している。普遍的なもの、クラシックと呼ばれるもの、長年使い続けられてきたものには、デザインや機能にも求め続けられるだけの理由がある。



「本流が見えるものに惹かれる。なんでそういうデザインになったのかとか、なぜそれを自分が使うのかとか。だから、ブランドもそのストーリーとプロダクトに因果があるほど好きになる」

 言葉を裏付けるかのように、サングラスを外したマサノリは、楽しげにそれをいじりだした。このモデルは、折り畳み式。旅先でも、アウトドアでもポケットに忍ばせられる。武骨なデザインも、実際に堅牢な作りも、細かいギミックも、使われるシチュエーションを考慮して、すべてが必然だ。学生時代、バイトでお金を貯めては海外を旅していた彼。現在もディレクターとして現場仕事が多く、旅は日常と共にある。そんなマサノリにとって旅に欠かせない相棒がこのサングラスだ。



「行った国は、インド、トルコ、エジプト、ネパール、タイ…。その国の元々の文化とか宗教、気候に根差した暮らしを見に行きたくて。だから、先進国へ行って、いま日本で人気があるブランドの商品を現地で安く買う、みたいな旅には興味がない。それより、日本にいたらまず体験できなくて、それでも現地では当たり前、みたいなものを体験したい」

 物事の因果、本流に強く興味を持つマサノリだからこそ、旅の目的も一貫している。サングラス越しに見た無数の景色の中で、一番印象的だったのは何だったのだろう。

「インドに行ったときが一番印象的だったなぁ。ヒンドゥー教にカーリーっていう女神がいて、殺戮の女神なの。そのカーリーが祀られている寺院に行ったときは、儀式で山羊が生贄に捧げられるんだけど、近づいたら地面に山羊の血がダラァ…って。目の前で山羊が生きたまま生贄になるのも相当衝撃的だよね」

 感覚として理解することはできないかもしれない。それでも、確実に暮らしに根付いていること、彼らの生きている世界で必要な存在であること、そうなるまでに因果があること。現地の土を自らの足で踏んだからこそ、それをなんとなく掴むことができる。
 こうした旅の経験、そして物事の原点を探る体験は、確実に現在のマサノリの仕事でも生きている。現場へ行くことが多い仕事であるとか、引き出しが多いとか、そういうことに加えて一番大切なことがある。それは、他者へのまなざしだ。

「クライアントとのコミュニケーションは、たとえ日本人同士でも異文化なんだよね。会社によって、何を大切にしたくて、求めているのか、ってそれぞれの事情を理解しないことには見えてこなくて」

 なぜその提案をするのか、相手も、マサノリ自身も納得ができる仕事を生み出すこと。そのためには、他者理解、そして因果の共有が欠かせない。

「最近はいろいろなジャンルの専門家の話を聞くのが好きなんだよね。今世の中に出ているものがどういう過程を経ているのか、どういう考えのもとに成り立っているのか。それをいろんな専門家がどんなふうに捉えているのか。今、そういう話がポッドキャストで聴けるし」

 本質を深く追い求める一方、ディレクターとして特定のジャンルの専門家ではなく、自身は広い視点を持ち続ける。

 好きなもの、興味があるもの、実際に体験したもの、足を運んだ場所…こうしたものを積み重ねて、ようやく形になってきた現在のスタイル。上京する前、故郷で父親からプレゼントされたサングラスにその原点、そして構築の過程が詰まっている。学生から社会人、故郷から東京、環境やあり方も変わる中で、愛用し続けてきた逸品には、マサノリ自身の今に対する「なぜ?」の答えが刻まれていた。


川原田昌徳
大分県出身のクリエイティブディレクター。趣味はアウトドア、サウナ、旅、写真、自転車、料理等多岐にわたる。最近気になるトピックはナチュールワイン。様々なジャンルの専門家によるポッドキャストを聴き、その視点や考え方をインプットすることが日課。


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