ブランド不明のプリントネルシャツ

Just One Thing #49

ブランド不明のプリントネルシャツ

伊東諒太郎(公務員、趣味人)

Contributed by ivy -Yohei Aikawa-

People / 2024.02.01

街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#49


「おれ、めちゃくちゃ金遣い荒いんだよ(笑)。好きなことにはどんどん使っちゃう。去年とか、年間収支が赤字だからね」

一体何に使うのだろう。もちろん色々あると思うけど、彼の場合は間違いなく大きな出費の一つが古着だ。

「似たような服をめちゃくちゃ持ってる。身体が小さいから、合うサイズが古着であるのって珍しくてさ。だから、去年とかはサイズが合ったら買ってた(笑)。平日はスーツの仕事だから、週2日しか私服着ないのにさ。確実に着きれない量ある」

筋金入りの古着フリーク、伊東諒太郎(イトウリョウタロウ、以下リョウタロウ)。待ち合わせは古着の街、下北沢。彼がよく行くという古着屋『Hickory』がガレージセールを行うからと、自宅がある笹塚から自転車を漕いできてくれた。この日は、カスタムサイクルに跨り、浅いジェットキャップを被っていた。メッセンジャーバッグにネイビーチノの裾をシューレースで絞ったスタイル。おしゃれのためというよりも、彼自身の生活の中でこの日身に着けているものがしっくりきている印象を受けた。





古着に限った話ではなく、音楽、映画、その他カウンターカルチャーについて好きな物をとことん追いかけるナード体質。それは、会話の節々に現れている。

「アメリカの、それもそれほど古い訳でもないレギュラーモノが好きだね。このプリネル(プリントネル)シャツと、スウェット、あとネイビーチノ。この3つに関しては家に何枚あるかわからない……。チェックシャツはヴィンテージも欲しくなるけど、一番好きなのはガシガシ選択できるようなコットンの、普通のシャツ。スウェットは肉厚じゃない、ほとんどTシャツみたいなテロテロのがいいの。これも色落ちしてて、クタクタでしょ? ノーブランドで、アメリカに行くとコストコとかディスカウントストアで売っているようなやつ」

持っているものに彼なりの好きなポイントがあって、どこに彼の“ツボ”があるのかがはっきりとわかる。

現在は、公務員として働いているリョウタロウ。学生時代は、渋谷のキャンパスに通い、大学から歩いて宮益坂の老舗ハンバーガーショップ『ウーピーゴールドバーガー』でアルバイトをしていた。夜は、アルバイト後そのままクラブやミュージックバーへ繰り出すことも多かったという。趣味の近い仲間に囲まれて、好きなことを体現する日々を送っていただけに、現職を聞いたら意外な印象を受ける。





「正直、仕事は面白くないよ。冗談抜きで、つまんない(笑)。ただ、好きなことは仕事にしない方がいいって思ってたんだ。休みの日に思い切り好きなことをしたいなら、公務員って確実に土日休みだからさ」

実際に好きなことを突き詰める熱量にかけては周囲を驚かせる。映画も、音楽も、古着もその背景やなぜ好きか、好きなもの同士の関係性まで、さらっと語ってくれる。その口調が自信に満ち溢れていて、言葉の節々に嫌味がないから、それ自体が周囲の人を楽しませてくれる。きっと、それこそが“本物”のナードだ。

「常に自然体で居たいっていうのがあって、たとえどんなにかっこいいことでもおれ自身の興味に引っかからないことを調べようとは思わない。トレンドとか、周りの人がどんなことにアンテナを張っているかとか、そういうことはあまり気にしていなくて」

すごくいい意味で偏っている。だからこそ迷いがなく、語る対象への愛がある。SNSやオンラインショッピング、ネットニュース等、膨大な情報の波の中から「何か面白そうなこと」を探すことが当たり前になっているけれど、リョウタロウの場合はそのフェーズが存在しない。ただ好きな映画や音楽を思うがままに掘り下げて、好きな物をただ好きであった延長線上に新たな作品と出会ったり、背景を知ったり、好みが似た相手と話が盛り上がったりする。こうした積み重ねから生まれているからこそ、たとえ彼自身以外のことについて語っていても、紡ぎ出される言葉は他でもないリョウタロウ自身のものだ。

「『ウーピー』で働いていた時は、面白い人たちがお店にもお客さんにも沢山いて、本当に楽しい経験ができた。それぞれが何かしらを突き詰めて、面白いことやっている人たちばかりの中で、たまたま学校が近いからバイトしていた“普通の”大学生だった自分が逆に面白がられてた(笑)」

好きなことであったり、才能を持っていることであったり、自身の表現や生業を突き詰めた少し年上の仲間たちに囲まれた体験は、リョウタロウ自身に大きな影響があったようだ。触れたもの、興味を持ったものにとことん向き合い、突き詰める。それが当たり前の環境だったからこそ、今の彼のナード性が醸成されていったのも頷ける。

とはいえ、やはり気になるのはリョウタロウの中で醸成された興味関心が何かしらの形でアウトプットに向かうことはないのか。今だったらポッドキャストも、YouTubeも、SNSもある。もう少しクローズドにZINEを作ったり、公務員だからすぐには難しくても将来的に古着屋を始めたり。それでもあくまで休日の趣味にとどめているのは彼なりの理由があるのではないか。



「突き詰めて本気でやってる人たちを見てしまうと、中途半端なことはできないなあって思っちゃう。もちろん、『とりあえずやってみる』っていう人を否定するつもりはまったくないし、それも一つのやり方だと思うんだけど。自分の場合はそうしたくないな、って」

納得できる形でないから、やらない。そうともとれる。

「古着もね。たとえばフリマに出すくらいならいいのかもしれないけど、もし古着屋としてやるなら自分でアメリカに買い付けに行きたい。自分でピックして、他のお店が置かないようなものがあってこそ納得できると思うからさ。でも、今それはできない」

本当に好きで、それを突き詰めているからこそ愛があり、リスペクトしている。その愛があるがゆえに、自分自身の納得できる形でなければ安易には行動に移せない。実にリョウタロウらしい回答だ。

好きなことを敢えて仕事にしないという答えの裏側には、自分が好きな形で、思うがままに突き詰めたいという彼のスタンスが見えてくる。

「古着も、自分が好きなやつを自分で楽しめてればいいやって思っているんだよね。まあ、元々好きだったレギュラーのアウトドアものとかストア系ブランドとかが最近値上がりしちゃってるんだけど……」

周りが着ているから、とか市場価値が高いから、とかそうやって比べることはなくただ自身に刺さるかどうかで考える。いつの間にか彼の部屋に集まってしまったブランドのネルシャツたちも、それに該当するということだ。

好奇心や欲望に忠実であることは、すごく豊かで贅沢なことだ。それを自らの選択で実現し、純度高く追い求めているリョウタロウは、心の底から楽しそうだった。彼の様子を見ていて気づいたことがある。それは、こだわりは本来、自らの行動をしばりつけるものではなくて、心のままに理想を追求する自由ということだ。



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伊東諒太郎(公務員、趣味人)
静岡県静岡市出身。大学進学を機に上京。キャンパスが渋谷にあったこともあり、音楽や映画、カルチャーにどっぷり浸かった学生時代を送り、社会人となった現在もその延長線上のライフスタイルを継続している。自転車は幡ヶ谷にあるカスタムバイクショップ『Wood Village Cycles』にて組んだもの。本人曰く「気張り過ぎてないやつ、ってオーダーした。おじさんが乗ってそうな感じ(笑)」とのこと。

Instagram:@ ryotaro970419







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