Just One Thing #17
『CONVERSE』のスニーカー
田家 彩花(学生)
Contributed by ivy -Yohei Aikawa-
People / 2022.10.20
絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」
#17
見たことがない靴だ。ブランドは『CONVERSE(コンバース)』のスケートライン、スエード素材のオールブラック。それは間違いないんだけど、あまり見慣れないレザーパッチのような、リペア跡のようなものがある。
「あ、これ。友だちが勝手にデッキテープ(ボードの滑り止め)を貼ってきたんですよ(笑)」
少し照れ臭そうに笑いながら話してくれた、大学生でスケーターの田家 彩花(以下、アヤカ)。聞いているこっちまでなんだか肩の力が抜けていくのを感じる。小学生の頃、上履きにやたらかわいいラメのキャラシールを貼ってイタズラをしてくる子がいたのを思い出した。
この日、普段スケートをしている時の服装で来てくれたという。シェルのアウターとワークパンツ、そしてスニーカーを黒でまとめたオールブラックのスタイルに身を包んでいた。よく見るとかなり履き込まれているスニーカーは、今日着てきたものの中でも一番のお気に入り。
「もうこれで4代目ですね。他のスケシューも履いたことがあるけれど、一番これがしっくりきます。地面を感じるというか…足に感触が伝わってくるのが好きなんです」
そんなアヤカがスケートに興味を持ったのは、高校2年生のとき。
「スケーターが滑る動画をYouTubeで見るのが昔から好きでした。見ていて気持ちがいいんです。あの感覚を私も味わいたいなって思って」
最初はあまりの難しさに、あえなく挫折してしまったアヤカ。その後はしばらく手を出すこともなかったけれど、大学1年の冬、転機が訪れた。
「誕生日に吉祥寺のスケートショップへ行って、道具一式、父がプレゼントしてくれました。さすがに全部揃えたらやるしかないでしょ、って(笑)。そのまま近所の小金井公園にあるスケートパークへ行きました。その日から今まで、小金井公園で滑っています」
初めて足を踏み入れたスケートパークは、思いのほかフレンドリーな場所だった。
「最初は一人で行ったし、怖かったんですけど、みんな親切にしてくれました。最初に『女の子一人で来た子、見たことないよ』って話しかけられて。それから色々教えてくれたり、パーク以外でも仲良くしてくれたり。楽しくて通うようになりましたね」
こうしてスケートボードへのめり込んでからというものの、ごくありふれた街中の景色がとたんに奇妙で面白いものに見えてきた。
「街中を歩いていてスケートしている子とか、ボードを持っている子を見かけると、やっぱり気になっちゃいます。スケーターはみんな友だち、というか。あとは、パークの友だちが滑っている様子とか、動画を見ていると『こんな滑り方あるのか』ってびっくりすることが多くて。いつも通る道の形とか、障害物(壁や段差)を使ってトリックを決めるのを見て、『道の使い方』を知るのが面白いんです」
ごく当たり前に通り過ぎていた場所が、いつからか遊び場に変わる。大人になるにつれて、いつの間にか減っていく体験だ。手触り・実感を頼りに自分なりの面白さ、心地よさを追究していくことこそ、アヤカがスケートを始めた動機にもつながっているのかもしれない。
動画で見ていたスケーターたちの滑る姿が「気持ちいい」と感じるのも、お気に入りのスケートシューズで地面を感じるのがしっくりくる瞬間も、実感を通して得られる彼女なりの心地良さだ。それは、どんなに言葉で説明されても、いくら検索をかけても、たどり着けるものではない。
だから、スケートをしていないとき、彼女は街を出る。自分で面白いものを見つけたい、理屈よりも自分の感触で確かめたい。そうやって日々を過ごすアヤカにとって、東京の街中は退屈に思えるようだ。
「自然の中で過ごすのが好きかなあ…。最近も休みの日は少し遠くへ車で出かけて、気になったものをスマホでパシャパシャ撮ってます。お婆ちゃんの家が崖の上にあって、家の裏はそのまま断崖絶壁なんですけど…。なんでこうなったの?みたいな不思議な景色が見られるので」
スニーカーブランドの旗艦店でアルバイトをしていたり、幼い頃、アヤカは車好きの父親に連れられ、よく遠くへ出かけたり。そんな体験もあってか、今でも見知らぬ場所の不思議な景色へ惹かれ、旅に出る。
幼い頃、アヤカは車好きの父親に連れられ、よく遠くへ出かけた。そんな体験もあってか、今でも見知らぬ場所の不思議な景色へ惹かれ、旅に出る。
生まれ育った街、ありふれた景色。アルバイトや大学の往復を繰り返す日々。そういう連続した日常の中に、スケートが存在しているんだ。
街では何も考えていなくても、何もしていなくても、なんとなく時間が過ぎていく。そんな中でも、自分の感覚を研ぎ澄まして、他の誰でもない自分にだけわかる、高揚感を味わえたら。
スケートパークは、アヤカにとってそんな感覚を味わえる場所。そこには、「なんで?」「どうして?」好奇心をそそる仲間たちやトリックがたくさんあって、退屈に思える日常を変えてくれる要素が揃っている。
その喜びを味わうためにも、履き慣らしたスケートシューズは欠かせない。それは、「地面を感じたい」と語ってくれた通り。言葉や写真で表現できない、自分にしかわからない感覚を大切にしているからだ。
ソールが擦り減って、傷がついて、友だちが貼り付けたデッキテープがくっついている、世界に一つしかない不思議な一足。なんでそれを履いているの? なんでデッキテープ貼ったの? 質問が湧き上がるけれど、その答えは、アヤカ自身も言葉で吐き出すことはないんじゃないか。それはたぶん、彼女自身の中に言葉にできない答えがあって、答えを出すことではなくて、分からないことに意味があるから。
いつもの街は不思議なことだらけで、奇妙で、面白い。ただそのことに気づける人は少なくて、そういう人はとても幸運だ。少なくとも、彼女はそのことに気づいている。このスケートシューズを履いている限り、間違いない。
田家彩花(大学生)
東京都出身。現在は大学へ通う傍ら、某人気スニーカーブランドのショップスタッフとしてアルバイトをしている。趣味はスケートと自然散策。車好きな父の影響もあり、卒業後は自動車販売の仕事へ就くとのこと。
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ivy -Yohei Aikawa-
物書き。メガネのZINE『○○メガネ』編集長。ヒトやモノが持つスタイル、言葉にならないちょっとした違和感、そういうものを形にするため、文章を綴っています。いつもメガネをかけているメガネ愛好家ですが、度は入っておりません。