熱海の空

えもーしょん 大人篇 #39

熱海の空

2016~/カイト・大人

Contributed by Kaito Fukui

People / jul.09.2020

プロサーファーの夢をあきらめ、今はイラストレーターとして活躍するKaito Fukuiさん。小学生から大人になるまでのエモーショナルな日々をエッセイと写真で綴ります。幼い頃から現在に至るまでの、時にほっこり、時に楽しく、時に少しいじわるで、そしてセンチメンタルな気分に包まれる、パーソナルでカラフルな物語。

小学生篇、中学生篇、高校生篇、大人篇。1ヶ月の4週を時期ごとに区切り、ウィークデイはほぼ毎日更新!



#39
「熱海の空」
(2016~/カイト・大人)

忘れてはいけない。

大きめのトートバッグに加えて、

ボクはベビーカーを押している。

中に入っているのは、

人間の子供ではない。

モジャモジャの髪の毛に、

むっちり子熊のような

我が身ボディ。

中を覗けば、

「着いた? 着いた? 着いた?」

今にも吠え出しそうな犬がいる。

名前はまい泉。

名前の由来は、

ボクの好きなとんかつ屋さんから、

とったものだ。

彼が生後2ヶ月の頃から、

一緒に暮らしているボクの相棒だ。

今回は、

ボクと彼女とまい泉の

3人で、やってきた。

熱海駅に着くと、

ボクらは、

商店街を抜けた八百屋さんへ入った。

彼女はわさびのお漬物を買い、

店員さんが気を利かせて紹介してくれた、

薫製された牛の骨を

まい泉に買った。

お店を出ると、

余程骨がいい匂いなのか、

彼は尻尾をプリプリさせ、

海の方へ向かった。

大きな坂を下ると、海の匂いがしてくる。

温泉から出る湯気が、

目新しいのか

彼はびっくりして避けて通るが、

どこか楽しそうだ。

坂を下って道路を渡ると、

ビーチにたどり着く。

人がいない方へ向かい、

彼を走らせる。

棒を投げると、

嬉しそうに走り、

一瞬棒を咥えて、

すぐに捨てた。

彼女は少し日焼けを気にしている。

まい泉の体力と

彼女の体力の

丁度間をとって、

「そろそろ行こうか」

とボク。

「そうだね」

と彼女はそう言って荷物をまとめて、

道路の方へ向かった。

ボクとまい泉は

彼女の後を追いかけ

大きく長い階段をのぼり、

吹き出る汗を拭いながら

熱海駅まで戻ってきた。

「確かね、バスはこっちだよ」

と彼女は言って

ボク達を案内してくれた。

ホテルまでのシャトルバスに乗ると、

少し時間があったので

ボクはジュースを飲んだ。

ベビーカーの中のまい泉は

海の匂いと濡れた海藻の匂いと土の匂いで

お世辞にもいい匂いとは言えなかった。

「ホテルに着いたら洗おうね」

とベビーカーの中のまい泉を見ながら

彼女はそう言った。

「ホテルまではどのくらいかかるの?」

そう聞くと、

「うーん、10分くらいだよ」

「結構近いんだね」

「丁度熱海と湯河原の間くらいかな」

「10分で着くの?」

「うん、真っ直ぐだからね」

丁度バスが動き始めた。

熱海の山を越え、

海沿いを走ると、

大きなホテルが見えてくる。

バスを降りると、

彼女はチェックインに向かい

ボクとまい泉はロビーで待ってる。

この間も、

決して他の人にまい泉の匂いが届かぬよう

ボクは細心の注意を払う。

チェックインを終えた彼女が

ニコニコしながら戻ってきた。

「大丈夫?」

彼女が言った。

「うん、大丈夫」

続く。

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