「Sally Scott」のニット

Just One Thing #3

「Sally Scott」のニット

murmur(アーティスト)

Photo&Text: ivy

People / 2022.04.07

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#3

 素直に「好き」を表現することが、こんなに難しいなんて!

 大人になって、そう思うことが増えた。それは、人にも、服にも、音楽にも。なんで好きか、どれだけ好きか、それがどれだけ素敵か、どんな形であれうまく形にすることはそう簡単なことではない。

 だから、そういう「好き」に正直な生き方をしている人は、それだけで周囲の人を惹きつける。インディーロックバンド「Bertoia(ベルトイア)」のギターヴォーカル、ソロでも活動するアーティストのmurmur(マーマー)はそういう人だ。

 待ち合わせは、高円寺にあるレコードショップ、「Disque Blue-Very(ディスク・ブルー・ベリー)」で。インディーポップ専門レーベルでもあるこのお店は、品揃えも国内外のドリームポップやギターポップ、ネオアコなど。ノスタルジックで繊細で、ほんのり甘酸っぱいものがたくさん。小さなお店だけど、好みが合えば、何度来ても必ず手に取りたくなるレコードに出会える、そんな場所なんだ。生粋の音楽好きであるmurmurもここに通う一人。不定期開催のイベントでDJとして立つこともあるとか。



 春先の柔らかな日差しが店先の窓から差し込み、白を基調とした店内で彼女が着ているグリーンのニットが目を惹いた。

「好きすぎて、復刻されたものを買い直したんです。15年間働いていた大好きなブランドのもので、思い入れが深いので」

 murmurの愛用品は、「Sally Scott(サリー・スコット)」のニット。音楽について語る時と同じくらい楽しそうに、一着への愛を語るmurmurが印象的だ。

「インターシャといって刺繍やプリントとは違って、糸の色を変えて編み込んで柄を表現する製法なんです。その質感が気に入っています。あとは、描かれている鳥が昔から好きなモチーフで、私のソロ作のアートワークにも登場するので」

  こだわりと愛が詰まった一着は、murmur自身を一番素敵に見せてくれる服だ。大切なのは、他の誰にどう見られたいかではなく、彼女自身が思い描く、「素敵」であること。

「思い返すと小学生の頃からファッションにはこだわっていて、好きなものは今とあまり変わらないんですよね。やっぱり一番好きな自分でいたいし、そこに流行は関係なくて。学生の頃もギャルファッション全盛期だったけど、周りで私一人だけプリーツスカートにベレー帽、みたいな格好していました(笑)」

 音楽とファッション、どちらも好きなものは他人とどこか違っていたという。周りでうけているとか、みんなと同じとか、そういうものとは無縁の中で育ってきた。やがて、音楽に目覚めたときも、やはり好きな音楽は、周囲の人と重ならなかった。

「地元は兵庫県なんですけど、生まれ育った町が田舎で、マニアックなレコードやCDを買えるようなお店はなくて。だから、ネットで音楽を探すしかありませんでした。当時好きだったアーティストで繋がった音楽好きのお兄さんが色々な曲が入ったテープを送ってくれて。そのB面にadvantage Lucyとか、Venus Peterとか、所謂ネオアコの曲が入っていたんです。うわぁ!コレだ!って」

 多感な時期の衝動的な体験を大人になった今でも、昨日のことのように話してくれる。

「あの時、特にルーシー(advantage Lucy)が心にスッと入ってきて。哀愁がある澄んだメロディとか、繊細な音とか、今好きな音楽の原点です。あとは、ヴォーカルのアイコちゃんの全てがかわいくて...歌声も、ファッションも」

 初めて見たルーシーのライブ。躍動する憧れのバンドを目の前にして胸を躍らせた彼女は、人生を決める大きな決断の時を迎える。

「私、音楽をやりたい!って思ったんです」

 その時、周りには同じような音楽を好きな友達が一人もいなかった。ネオアコバンド特有のタンバリンを叩きながら歌う女性ヴォーカルに憧れていたけれど、最初は「(本人曰く)仕方なく」自分でギターを弾いた。家にあったラジカセに、独学のコードをストロークして作ったオリジナル曲を吹き込んだ。好きなことが同じ仲間がいなくても一人でやる。周りは関係ない。それを形にするエネルギーを当時から持っていた。初めての自作テープをライブ会場で居合わせたルーシーのメンバーに渡したことで、CDデビューへの道が開けていった。

 現在、ソロ活動とは別に、シューゲイザー、ドリームポップサウンドを鳴らすBertoiaというバンドでもギターヴォーカルを務めている。全く異なる音楽をやっていたメンバーと知人を介して繋がり、その頃好きで聴いていた音楽の話で盛り上がったのが始まり。

「その時はネオアコに影響を受けたネオアコトロニカって呼ばれている音楽にハマっていて、あとはシューゲイザーなども聴いていました。それぞれが得意なジャンルの音楽を持ち寄って、ソロと違った音作りでやったら面白いんじゃないか、って」

 ノイジーなギターロックであるシューゲイザーで、轟音を強調するのではなく、美しいメロディラインを際立たせたバンドに興味を惹かれた。海外では、Pale SaintsやLush、Slowdive等、該当するバンドがいたものの、まだ日本でやっているアーティストは少なかった。

「ソロだと、本当に好きなことを形にしていく自由さ、楽しさがあるんですけど。バンドでやってみたら、予想もしなかった、想像もつかなかったものが創り出せたんです!」

 好きなことに対して正直に、一人だけでも行動を起こして生きてきたからこそ、同じ道を進んできた仲間と生み出せるものがある。それまでの道があったからこそ、「惹き」合わせられた、出会いだった。

 メンバーそれぞれ、ソロの活動もあれば、音楽活動とは別の顔も持っている。アパレル関係の仕事をしていたmurmurのみならず、他のメンバーもイラストレーターや雑貨ショップ経営者など、歩く道は人それぞれ。だからこそ、活動ペースはスローだが、長く根強いファンに支えられている。

「今度、Bertoiaの1stアルバムを海外レーベルからLPでリイシューすることになったんです!これが初めての海外流通になるんですけど、それより前も色々な海外バンドの来日公演でオープニングアクトを務めたり、アイスランドでインストアライブをやったり、海外にも私たちの音楽を聴いてくれている人はたくさんいて。好きな音楽を追究してきたからこそ、共感してくれたのかなって」

 好きという気持ちに、正直であること。これを実践してきたからこそ、海を越えて、人の心を動かしてきた。そうして創られた音楽はmurmurが10代のとき、ミックステープで聴いた音楽や、今日着ているニットと同じように、誰かにとってかけがえのない特別なものになっているはずだ。他の誰でもない、自分が一番好きなもの、愛してやまないもの、それと共にある生き方が彼女自身、一番「素敵」でいられるために必要なんだと思う。

 だから、お気に入りの服を纏い、ステージに立つ彼女は春の日差しのように、暖かく、明るい光に満ちている。



murmur(アーティスト)
 インディーロックバンドBertoiaのギターヴォーカル。ソロとしてmurmur名義でも活動している。自身が青春時代に影響を受けたネオアコ・ギターポップやその後の膨大な音楽体験を背景に創り出す音楽は、国内外を問わずインディーロック好きから根強い支持を得ている。2022年4月、Bertoiaの1stアルバム『MODERN SYNTHESIS』のリイシューLP盤をTerno Recordingから初の海外流通でリリース。また、4月23日、高円寺のDisque Blue-VeryにてDJとしてイベントに参加。詳細は本人SNSまで。
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