アンティークのリング

Just One Thing #15

アンティークのリング

保科優花(音大生、クラリネット奏者)

Photo&Text: ivy

People / 2022.09.22

 街は、スタイルが行き交う場所だ。仕事、住む場所、友だち、パートナー、その人が大切にしていることが集約された「佇まい」それこそがその人のスタイルだと思う。
 絶えず変わりゆく人生の中で、当然、スタイルだって変わる。そんな中でも、一番愛用しているものにこそ、その人のスタイルが出るんじゃないかって。今、気になるあの人に、聞いてみた。
「一番長く、愛用しているものを見せてくれないか」


#15



「一つの色を決めて、服を選ぶことが多いかもしれないです」

 思い出したように言う。きょとんとしているようで、間違いなく彼女自身がしている選択だ。気が付いたら、自然とそうしている、そんな感じか。

 国立音楽大学に通うクラリネット奏者の保科優花(以下、ユウカ)。確かにこの日も全身をダークネイビーで統一していた。灰色の空とモルタルの壁、湿ったアスファルト…無彩色の景色に立ち、含みのある笑みを浮かべている。過ぎゆく夏の終わりを告げる大雨を楽しんでいるかのように映った。

 そんな彼女の愛用品は、左手の薬指にはめていたアンティークのリング。装飾がないシンプルなものでありながら、曲線的なデザインが印象的だ。一点の傷もなく磨き上げられたシルバーは、ワントーンの装いで目を惹く。思わず「それ、どこで買ったの?」って聞いてしまいそうだ。それに、彼女自身がこの指輪を大切に使っているんだろうなって、どことなくわかる合わせ方をしている。



「お母さんが若い頃、ギリシャへ旅行に行ったとき買ったみたいで。ある日、『あげる』ってプレゼントしてくれました。指輪をするときは必ず一つって決めていて、これは演奏の時以外、本当にずっとつけています」

 他に何を持ってこようか迷ったといいながら、いくつかアクセサリーを見せてくれた。いくつか持っている中で、いつの間にか自分で選んでいる。それだけお気に入りのやつに、結局は決めたんだ。クラリネットの演奏をするときは、邪魔になるから外す。逆にいえば、ほぼ毎日必ず演奏をするのに、それ以外の時は欠かさずつけている指輪なんて、相当な愛着があるんじゃないか。

 ユウカがクラリネットを初めて触ったのは小学生の頃、クラブ活動として学校の吹奏楽隊に入ったとき。

「最初はフルートをやりたかったんですけど、パートを決めるジャンケンで負けちゃって(笑)」

 第一希望ではなかったクラリネットも、始めてみたらその魅力に徐々にのめり込んでいった。自身が演奏することは勿論、クラシック音楽、オーケストラ全体が生み出す熱狂へ強い衝動を覚えたという。

「(ジュゼッペ=)ヴェルディの『レクイエム』を生で見たとき、鳥肌が立ってしまいました。合唱隊の声が強烈に印象に残ったんです。人の声のパワーに圧倒されて、気が付いたらその熱狂に身を任せていました。レクイエムは、他にもいろんな作曲家が創っているし、鎮魂歌であるっていうのが前提にあるものなんですけど...。ある程度決まったものがある中であれだけのエネルギーを表現できるんだ、ってことに感動して」

 決められた中での表現を突き詰めていく。そうした中でこそ一つの要素が強いエネルギーを持ち、見るものを熱狂の渦へ巻き込む。そんな体験を通して形作られた美意識こそ、彼女のルーツだ。決められた中で己の表現を突き詰めていく。この話を聞いていると、彼女の表現者としての在り方がファッションにも現れているように思える。

 いつもワントーンでコーディネートを組んでいたり、リングは必ず一つと決めていたり。別に強制されているわけではないけれど、彼女の美意識がごく自然にそうさせている。決められた中での表現に挑むのは、他でもないユウカ自身の意志であり、感性だ。敢えて、「決められた」ものを破る表現があるなら、それを守る表現も同じく敢えてのこと。

 結局のところ、ユウカは自身の美意識へ、自らのルールとして忠実に従っているのかもしれない。そんな美意識の現れがこのリング。だってほら、一つしか着けないって決めている中で、いかにその日の気分に合うか、その日の自分を素敵に見せてくれるか、その日着ている色に合うかきっと色々考えている。決められた中にある突き詰めた自己表現としてのモノ選びが行き着く先なんだ。



 さて、そんなユウカにも最近、転機が訪れた。

「1ヶ月前から、友だちの作曲家に即興演奏のイベントの誘いを受けて参加しているんです。友だちであり、尊敬する人でもあるので、声がかかって迷わず参加しようって決めました」

 これまで学んできたクラシック音楽とは、好対照ともいえるベクトルでの挑戦だ。何も決まっていない、自分で思いのまま表現する場。

「これまでやってきたことと本当に全く違う感覚なので、すごく新鮮です。決められていた型がない状態で表現すること自体、初めてのことなので…」

 そうはいいながらも、僅か1か月ですでに2回出演を果たしているユウカ。オーディエンスの反応も上々で、新しい挑戦に手応えを感じているようだ。

「最近は、クラリネットの息抜きとして、ピアノの練習会にも参加しています。今までピアノを専門でやったことはないので、一種の『遊び』というか(笑)。手料理をみんなに食べてもらう感覚に似ています。私も創るものを楽しんで、よかったらみんなも楽しんでね、っていう気持ちですね」

 ユウカの場合、たとえ人から与えられたルールや型がなくても、自身の中に確固たる美意識が存在していて、それにはひたすら忠実だ。新たな表現の場でも、そうした彼女なりのルールはすでに形成されているんじゃないか。

 一つの色を身に纏うユウカは、佇まいは勿論、立ち居振る舞い、話し方、身につけているものすべてで、その色を表現している。もはや迷いなく、彼女は自ら決めたルールの中で自身を表現することが当たり前になっている。

 この日、薬指に着けたリングは、そんな日々の彼女が自身を表現する上で欠かせない存在だ。赤のユウカも、青のユウカも、黒のユウカも等しく輝かせてくれる。

 まだアーティストとしてのキャリアを踏み出したばかりの彼女は、現時点で今後のキャリアを模索している最中だ。ただ、その美意識は、彼女が今後どんなフィールドへ行ったとしても揺らがないように思う。

 近々あるという、彼女の演奏会へ足を運びたくなった。その演奏にも、きっとその美意識は宿っているはずだ。ステージでの彼女は、リングを外してしまうんだろうけど。


保科優花(音大生、クラリネット奏者)
千葉県出身。現在は国立音楽大学に通う学生で、クラリネットを専攻している。長年学んできたクラシック音楽のみならず、即興演奏も行う。プライベートで好きな音楽はテクノミュージックで、先日閉店した渋谷のクラブ、『Contact』がお気に入り。最近の悩みは、アルバイトが決まらないこと。
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