煙越しに見るトルコの街 Vol.2

Fillin The Gap

煙越しに見るトルコの街 Vol.2

Contributed by Haruki Takakura

Trip / 2023.04.21

学業の終わりと就職の始まり。何者でもない、この「スキマ期間」に経験した旅をHaruki Takakuraさんが綴る連載『Fillin The Gap』。今回からは番外編としてトルコでの旅日記をお届け。いろんな視点から見るトルコの街には面白い発見がたくさん。


ケバブ・マスター 後編

僕らがストリートのケバブ・マスターに出会ったのは、大通りを外れたストリートにあるケバブ屋での事だった。

そのケバブ屋は、イスタンブール・マスターであるアリさんの行きつけだった。アリさんは The Inoue Brothers の古くからの友人である。彼自身は一日一食という生活をしているそうだが、朝から晩まで本当にいろいろな美味しいご飯屋さんへと連れて行ってくれた。


(ケバブ・マスター[右]とトゥスン[左])


この日、僕らが訪れたケバブ屋「Emin Usta'nin Yeri」は、イスタンブール都市部から少し西に外れた場所にある。地図上では都市部からすごく近く感じるが、土地がだだっ広いトルコでの実際の距離は全くと言っていいほど異なる。そのため、少し西に外れたと言っても、数週間の旅行などでは決して訪れることのないような場所にマスターのケバブ屋はある。Youtubeで見つけた全く意味のわからないトルコ語のインタビューによると、かつてマスターはキッチンカーを走らせて、色々なところでケバブを振る舞っていたそうだ。

お店の扉を開けると、マスターはアリや僕らを見るなりその並外れた大きい手で握手とハグを求めた。大きく分厚い手のひらは、長年肉をこね続けたその証だろう。マスターは肉の刺身と呼ばれる料理を頬張りながら、ぼくらの料理を用意している。肉の刺身 aka. Cig Kofte は、こねた生のラム肉やビーフにハーブやスパイスを加えて作られる料理で、この店ではマスターがその大きな手で5時間もの間こねて、絶妙な配合のスパイスを加えて提供する。まさに職人の技が詰まったマスターピースといえる。

肉刺身にまつわるこんなエピソードがある。
かつては表メニューではなく、知り合いだけに提供していたという肉刺身。ある日、アリさんたちが肉刺身を食べていると、あれは何だと現地の客たちが席を囲み、店の外にまで列を作った。マスターはそれを毛嫌いすることなく、列を作るお客さん全員の口に "大きめ" の肉刺身を放り込んだそうだ。

マスターは形を整えた一口大サイズの肉刺身を僕らの口に放り込んでいく。柔らかな食感と病みつきになるスパイシーさが、口の中を幸福感で満たしてゆく。

二口目からは、セルフでレタスに肉刺身とチリペッパーを乗せてレモンを絞る。その間にマスターは次の料理に取り掛かる。
ダイナミックなマスターは、ケバブをノールックで鉄串に突き通すし、鶏肉の炭火焼きは手で調理する。大阪の「居酒屋とよ」のマスターと同じ匂いを感じる。調理しながら吸い終えたタバコの火が、その手の中に吸い込まれていく。


(肉刺身 / Cig Kofte)


次なる料理はメインディッシュであるケバブ。
ちなみに、ケバブには3種類ほどあり、日本でよく見かける回転式の肉を削ぎ落とすスタイルは「ドネルケバブ」、ケバブ・マスターが作るのは「シシケバブ」である。あの『シ・シ・ケバブー!!』である。

そして、ケバブ作りをサポートするのが14歳の少年。名前はわからないがトゥスンと呼ばれていた。
トゥスンはトルコ語で水牛か豚かどちらかを指す。どちらにせよ、そのあだ名が意味するのは大きめのふくよかボディーだが、トゥスンはとても機敏に動き回っていた。

運ばれたシシケバブを食べている間は、みんな夢中になりすぎて会話することを忘れていた。スパイスの絶妙な加減と炭火が効いたジューシーなケバブ。とにかくスパイスの調合に唸りっぱなしだった。

ケバブを頬張った後は締めのデザートをいただいて贅沢なストリートケバブ体験は幕を閉じた。


(シシケバブ、焼きトマトを添えて)



(炭焼き窯)


帰り際にみんなで記念写真を撮っていた時のこと。
1人の少年がご飯を探して夜道を歩き回っている姿を見つけたマスターは、その少年を店に呼び「うちで食べてけ」と招き入れる。マスターがトゥスンに何か指示を出すと、トゥスンは少年とともに店内へと消えていった。

この時、ケバブ・マスターがマスターたる所以を改めて理解した気がした。

ニューヨークが人種の坩堝であるならば、さまざまな文化を受け入れるイスタンブールは文化の坩堝である。そして、イスタンブールで長年生きてきたケバブ・マスターの心もまた、誰にでも開かれた坩堝であった。

次に訪れるのはいつになるだろう。
元気でまた口に美味いやつ放り込んでください、マスター。


(ケバブ・マスター[左から2番目]、The Inoue Brothersのお二人[中央]、ギャップイヤーBrothersを共に運営するヒロト[右から2番目]、アリさん[右端])




アーカイブはこちら

Tag

Writer