Couch Surfing Club -西海岸ロードトリップ編- #55
Betrayder Joe’s
Contributed by Yui Horiuchi
Trip / 2023.08.17
#55
※この記事の中には不快な表現が含まれます。お食事中の方は特にご注意ください。
約5週間の滞在も残り3日というところ。
名残惜しさは感じるが、出鼻をしょっ引かれるかのように今回は到着してすぐコロナ陽性。
ある意味、いつもとは一味違うアメリカ滞在を経験することになったり、身動きが取れるようになってからは思う存分満喫しようと出来うる限りの予定を詰め込んだ。
そして、念願のTrader’s Joeの冷食を食べた朝、事件は起きた(再び!!)
7:30
起床はいつもより少し早めといったとこだろう。
昨夜のエビ事件の顛末もあり、朝一で車の中を点検しにいく。
後部座席のドアを開けですぐに閉めた。
はい、臭い。
これは一旦友人と作戦会議をしなければ。
キッチンに戻り、朝食の準備をすることにした
冷凍庫からTrade’s Joeの鶏の水餃子を取り出す。
小鍋にごま油を垂らし、生姜とニンニクを炒める。
そこに戻しておいたワカメを入れ、香りが立ってきたところで水を足して沸騰させる。
鶏ガラスープの素を入れ、一人6つくらいの計算で冷凍餃子を鍋に入れた。
仕上げに細かく切った小ネギと溶き卵を回し入れ、白胡麻を散らしたら完成だ。
水餃子のたまごスープでロードトリップで疲れた身体をリセットする算段だ。
友人と朝食を食べながら、
「今日は車の中の臭いどうにかしないとね、何かアイデアある?」
「とりあえず使えそうな消臭剤を見繕ってこようかな、レモン系とか効きそうだよね。YUIは?」
「わたしはそろそろ帰国に向けてパッキングの用意しないとかな」
「そっか、じゃあ消臭剤だけ買ってきて一段落したらFlip用の家の内見でも行ってようかな」
「うん、家に冷食もいっぱいあるしごはんには困んないからゆっくりしてきてよ」
食後、買い出しに向かう友人をキッチンの窓越しに見送りながら、残ったスープにおかわりの餃子を入れてもう一度火を入れた。
おかわりでふくれた満腹のお腹をさすりながらソファで一服。
日本時間24:00リリースと聞いていた友達のMVをテレビで再生することにした。
8:34
『MV見たよ〜』と証拠写真を彼女に送ってた頃。
急なお腹からのお便りにテレビをリモコンで一時停止させる余裕もなくトイレに駆け込んだ。
友人は留守、トイレのドアを開けたままリビングから聴き慣れた友達の歌声が聴こえてきてまだ少し心の拠り所があった。
「やばいこちらお腹急降下中です、そっちは大丈夫?」
出先でトイレに困るかもと思い、友人にすぐさまテキストを送る。
すぐにスマホが一度ブッと振動し画面が明るくなった。
『いやこれと言ってなんともないよ、大丈夫?』
『うん、全部出しちゃえば治るもんだと思う!』
『そっか、お大事にね!この後買い物ついでに野暮用で友達に会ってこようと思ってるけど大丈夫?』
『もちろんだよ!!こちらは気にせず!ゆっくりしてきて!』
とは言いつつ、すごい脂汗が手のひらがギットギトである。
呼吸も浅くなり、こういう時はどの国にいても日本語で『イタタタタ』と言ってしまうから可笑しい。
深呼吸をしてから一度リビングへ戻り、キッチンに立ち寄って白湯を用意した。
マグカップを両手で握り、放熱して冷え切った両手を温める。一杯飲み終えた頃だった。
あ、やべ、第二波だ(心の声)
おっとっと、と、再度駆け込んだトイレにも忘れずにスマホは持っていった。
万が一ということもあるから、必ずしも非常事態を予期していた訳ではいなかったものの、これが功を奏した。
友人へ本当になんともないか確認のテキストを送る。
『わたし第二波に見舞われてるよ、本当にそっち大丈夫?』
『え、まじで?大丈夫?こっちは全くなんとも、、なんか買って帰ろうか?』
『そっか、大丈夫そうならよかった、こっちはなんもいらない!』
『オッケー!本当に何か必要だったらいつでも連絡して!』
メッセージでは強がっていたものの、実は呼吸もかなり浅くなってきていて、先の対応を自分で考えていた。
みぞおちあたりの引き攣りも始まり、明らかに何かマグマのようなものが胃のあたりでグツグツと煮えたぎってるような感じ。
これは経験した人には分かると思うけど、吐いてしまった方が楽なことがある。
立ち上がりシンクの淵を両手でしっかりと握りしめて、ぐらんぐらんする頭をもたげながら、もう何本かショートしてるであろうニューロンを駆使して今のうちにできることをしておくことにした。
シンク下収納の中にあるトイレットペーパーのストックを出しておこう。
あと、トイレで寝込んでもいいようにバスタオルも余分に置いておいて。。
もし上下同時に見舞われたとしたらゴミ箱にビニール袋と新聞紙を、、
朦朧とし始めていたが、万全な準備の中しっかりとそして意識的にリバースすることを試みた。
案の定、というか生あくびと酸っぱい唾も込み上げていたくらいだったので、結果、吐いてしまった方がすぐに楽になれた。
これで一件落着、解決の糸口を見出したように思えた。
着ていた服はぐっしょりと脂汗を吸い込み、冷えて寒いくらいだったので湯船にあっついお湯を張って体を芯から温めよう。
サッとシャワーで汗を流しついでに浴槽を洗い、ひねった蛇口から出るお湯が熱すぎないか手のひらで確かめながら調節して湯船に溜めていく。
湯が溜まるまでこの戦々恐々とした一端を友人に伝えるためソファにだらしなく座る。
浴室のドアを開けっ放しにしておいて、外からお湯の溜まり加減が音で確認できるようにしておいた。
『ついにリバースしちゃったよ』
『マジか!ほんとに大丈夫なの??』
『それがさ、吐いたらだいぶマシになった。。』
『そっか、水たくさん飲んで、横になってなよ、なるべく早く帰るようにする』
『ありがとう、今からお風呂に入ってあったまることにするよ』
そろそろかな、浴室を確認して上がってくる蒸気を鼻から目一杯吸い込んだ。
満タンまでもう少し、少しでも早くあったまりたかったので、特に冷えていたお腹を下にしてClam beachのアザラシのように湯船に浸かる。
溢れるかギリギリのところでお湯を止めて、じっと体の体温が戻るのを待つ。
芯までしっかりあったまって、ゴワゴワでアメリカンサイズのおっきなバスタオルで頭も体もワシワシ拭って、ソファに戻ってきた時にはだいぶ人間らしさを取り戻すことができていた。
11:58
わたしがトイレに篭っている間、すっかり寝りこけていた犬もわたしがリビングにいるのを確認して、むっくり起き上がり大アクビをする。
まるで目の前の人間が吐いていたことなんて夢にも思わないような素振りだ。
気がつけばもう正午近く、わたしも第一波から軽く3時間がたっていたなんてことに今まで気がつかなかった。
ここで気休めにまた白湯を飲んでみようと思って、電気ケトルで湯を沸かす。
白湯になるまで待ってる間にあろうことか、上からまさかの第二波が。。。
一度目は意図的だったこともあり無理矢理吐いた感じではあったものの、出してしまえば収まると思っていた予想とは裏腹にまたしても吐き気をもよおすことになるとは。
なんちゅうこっちゃ、と、半ば自分の身体に呆れてしまいながら、再びトイレへ。
しかし、ここからが本場の戦場になるとは露知らず。
完全に逆流が定着してしまい、一度温まったはずの身体もすぐに悪寒と共に汗が噴き出してきた。
しばらくして内容物がなくなったにもかかわらず、腹圧がおかしくなったまま胃液さえ戻し始める始末。
合間合間で高温のシャワーをぬるくなった湯船に浸かりながら浴びたりもしたが、湯船に張ったお湯もどんどん冷めていき今度は身体が冷えるように。
仕方がないので湯を抜いて、タオルにぐるぐる巻きになったままベッドに倒れ込み、もういい加減収まってくれとお腹をさする元気もなく、ただ念じるように赤ちゃんみたく疼くまるしかなかった。
最低限の気力で携帯だけは握りしめていたが、いよいよトイレから出れなくなった。
友人へ、第二波がきた、三度目も、、4回、5回、、と連絡をするうちに、脱水のせいか手足や唇がガタガタ小刻みに震えはじめ、もらっている連絡への返事もできなくなっていた。
トイレの床で伸びていると一通の電話が。
友人からかかってきた電話にかろうじて出る。
「・・・」
「大丈夫?」
「・・・no」
「ok」
ギリギリ発声できる音と単語で状況は伝わったようだ。
電話を切ってから30分くらい、時間は1時前後だったと思う、玄関の鍵がガチャっと解錠される音で意識が少し戻った。
目は開けられなかったが、全開のままのトイレの外で友人が一言。
「aw yui」
自分でも何一つコントロールできる状態じゃなかった。
両腕は脱力しきって床に垂れ、顎は便器の淵に突っ掛けたまま、口元は胃液がつたい、頬には苦しくて泣いた後、しかも風呂上がりのバスタオルのままだ。
そんなの帰ってきて目の当たりにするなんて誰が想像しただろうか。
一瞬で状況を把握したであろう友人が、
「これ一回流そう、いいね?」
口元をトイレットペーパーで覆ってくれ、しばらく流すことさえできずにいたトイレをフラッシュする。
汗で濡れてしまったバスタオルを取り替え、洗い立てフカフカのタオルとタオルケットで包んでくれた。
「脱水症状出てるから一回口に含むだけでもいいから飲んでみよう」
便器に突っ伏したままの頭を片手で持ち上げ、口元にマグに入れた水を寄せてくれる。
一口目は口内をすすぎ、かろうじて飲めた二口目は虚しくすぐに押し出されてしまった。
「戻してもいいから飲むようにしてみて、腹圧が変わるまで頑張って飲もう」
言われるがまま、飲んでは吐いてを繰り返しコップは空にすることができた。
心なしかえずく間隔が開いてきたように思える。
「これも頑張って舐めてみて」
食中毒の時に殺菌作用があるとして有効な蜂蜜をティースプーン一杯頑張って口に頬張りゆっくり舐めてみた。
今、思い返せば便座の上で蜂蜜を舐めてるなんて、とてつもなく滑稽だけど、もう全てが滑稽なんだからその時はどうだってよかった。
家にあるもので応急処置を終え、
「必要なもの買い出し行ってくるから立てる?ソファで休める?」
今動くのは到底無理だと思い、小さく首を横に振りその場にいることを伝えた。
「分かった、ほんとに一瞬で帰ってくるから、待ってて!」
そう言って、トイレ内に水のボトルや蜂蜜など用意して出かけたと思ったら言葉通りすぐに戻ってきた友人。
「水飲めた?えらいえらい、もう良くなりはじめてるよ、ここで寝ちゃったら冷えるからソファに行こう」
一人では立つことも歩くこともできなくなっていたので、介護さながらわたしは友人にガバッと持ち上げられ、片道6歩くらいの距離のソファまでふにゃふにゃの状態でソファに辿り着く。
「吐きたくなったらここね」
そう言って、ビニール袋をかけたゴミ箱が二つ。
言われてすぐ戻してしまったものの、スペアがあったのでその間に吐いた方のゴミ箱を処理してくれる友人。
ティッシュやら必要なものを側においてくれたが、疲れ果ててしまって『ありがとう』も言えずにソファに撃沈した。
何度かソファでも文字通り『オロロロロ』とゴミ箱に吐いては友人が綺麗にしてくれるのを繰り返す。
だけど、そのうちに、わたしもスポーツドリンクを飲めるまで復活の兆しが見えはじめた。
吐く前に飲む、飲めるだけ飲むを繰り返すうちに、すっかり腹圧も調整され吐き気は遠のいたようだ。
安心と疲弊で朦朧としていたがいつの間にかソファで眠りこけていたようで、気がついたときには夕方になっていた。
起きた時の物音で友人が顔を覗き込んでくる。
「生き返った?」
深くゆっくりと首を縦に振り、ようやく
「本当にありがとう、命の恩人」
そう伝えられた。
トータル5時間もの間トイレで悶絶していたとは思えないほどその後の体調は回復は著しく、空腹さえ感じるほどだった。
17:54
友人に何か食べれるようになったらこれ食べてみてと用意されていたアップルソース。
ついでに精製されたやわやわのパンのローフとライスクラッカーも買ってあった。
お腹にたまりそうだ。
お腹を壊したときの定番がアメリカではこのアップルソースだという。
日本だったら10倍粥でも食べそうなところ、わたしも今まで食べたことがなかったので半信半疑。
一口食べてみる、美味しい。
りんご100%のすりおろし、自然な甘味と離乳食のような歯のいらない流動食でさらさらと飲み込めた。
買ってきてすぐに食べられるのもお手頃だ。
日本で脱水症状を起こしたといえばポカリやアクエリアスが定番といったところだろうが、アメリカにいる時は小さい頃からゲータレード一択になってしまっていた。
それも友人は承知のようだったが、ゲータレードなんて人工的なものはやめといた方がいいよ、と敢えて違うものを買ってきてくれていた。
リチャージというスポーツドリンクのようだ。
”リチャージ”今まさにしたいところである。
レモン味とクランベリー味でどちらもキツすぎないフレーバー、NON GMOと書かれている。安心。
近所にオーガニックスーパーがあり自然な物で育ってきてくれた友人のおかげだろう、空っぽになってしまった胃の中へあまり変なものを入れたくなかったのでここでも友人に助けられた。
あっという間にレモン味は飲みきってしまう。
「そういえば内見どうだった?」
「あ、スキップした。ちょうどYUIに電話した時行くところだったんだけど、それどころじゃなさそうだったから」
「あぁ、、なんかごめんね」
「いやそこまで気に入ってた家じゃなかったし、あの時帰ってきてて正解だった」
「それは、ホントに、うん、ありがとうしかない、もう本当に死ぬかと思った」
「実際かなり死んでるような状態に近かったけどね」
「Trader Joe’s にBetray(裏切り)されたから、これからはBetrayder Joe’sって呼ばなきゃね」
「あははは!それ最高!」
夕方には冗談まで言って友人を笑わせられるまでに回復。
予定のパッキングには一切手をつけることなく、一日が終わってしまった。
けど、点滴やすぐに医者にかかれる環境じゃない中で見事回復をしたことの方が奇跡的だと思えた。
感謝すべきは山の中で原始人のような生活をしていたことのある友人の知識と経験、これに尽きるだろう。
帰国直前のまさかの出来事、でもまだ3日ある。
今夜は一も二にもたくさん寝て残りの滞在に向けてしっかり体力回復だ。
全く、Betrayder Joe’sめ!
アーカイブはこちら
Tag
Writer
-
Yui Horiuchi
東京を拠点に活動するアーティスト。幼少期をワシントンD.C.で過ごし、現在は雑誌のイラストや大型作品まで幅広く手掛ける。2015年に発表した「FROM BEHIND」は代表作。自然の中にある女性の後ろ姿を水彩画で描いた。自然に存在する美や豊かな色彩を主題にする彼女の作品は海外でも評価されている。