HIKER TRASH
ーCDTアメリカ徒歩縦断記ー #7 後編
Contributed by Ryosuke Kawato
Trip / 2018.10.26
CDTはアメリカのモンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州、ニューメキシコ州を縦断する全長5,000kmのトレイルで、メキシコ国境からカナダ国境まで続いている。
この連載は、そんな無謀とも思える壮大なトレイルを旅した河戸氏の奇想天外な旅の記録だ。
18時過ぎ、クルマは目的地のランダーに到着した。街外れのガソリンスタンドでドライバーと別れて、CDTガイドブックに記載された安宿のある中心部へ向かう。
ランダーは開拓時代を彷彿させるようなレトロな街並みで、どこか観光用に作られたニセモノ感が強い。メインロードは渋滞していて、端には歩行者が溢れている。どこか遠くから音楽の演奏が聞こえてきた。
街中ではライブが行なわれていた
「1泊したいのだけど、シングルルームは空いていますか?」
ホテルに到着すると、フロントにいる中華系の従業員に尋ねる。
「ごめんなさい。今晩は満室なのよ。タイミングが悪いわね。おそらく、どこのホテルも満室だと思うわ」
彼女は申し訳なさそうな表情する。
「え! 一体なぜですか?」
「ここ数日、皆既日食イベントで観光客がどっさりと来てるのよ」
なんてタイミングの悪さなのだろうか。歩いて疲れ切っている僕には、どうしても街での休息が必要だった。
「シングルルームは無いけど、裏庭でキャンプできるわよ。もちろん、トイレもホットシャワー、そして朝食も付いているわ」
「そこに1泊お願いします!」
僕は飛びつくように返事をする。
値段は13ドル。キャンプサイトにしては少し値が張るような気もするが、シングルルームよりは圧倒的に安いだろう。
彼女がフロントの奥から取り出したバスタオルと石鹸を受け取ると、ホテルを出て裏庭に回る。そこには年期の入ったロッジの横にフットサル場ほどの空き地があった。
ロッジに泊まっている観光客たち
ロッジの前では数人が酒を飲みながら談笑をしている。話を聞くと、彼らは皆既日食目当ての旅行者で、3日前からここにいるとのことだった。
僕は話しのキリが良いところで退席し、裏庭にテントを設置する。ものの15分くらいで終えると、今度は先ほど渡されたバスタオルを掴み、ホテルに戻ってシャワールームへ飛び込んだ。
服を脱ぎ捨て、シャワーのバルブを全開にして湯を浴びる。何日ぶりのホットシャワーなのだろうか。気持ちが良すぎて体が溶けてしまいそうだ。
シャワーを堪能した後、濡れた髪を拭きながらシャワールームから出た時「スケッチ!(僕のトレイルネーム)」と僕を呼ぶ声がした。
驚いて振り返ると、そこには知り合いのカナダ人ハイカーのマグパイがいた。
「わあ! 本当に久しぶりだな! 元気だったかい?」
「ええ元気よ! あなたは?」
「僕も変わりないさ」
約1ヶ月ぶりの再会だった。以前はぽっちゃりとした体格の彼女だったが、今はかなり痩せて逞しくなっている。
久しぶりの再会を喜び彼女と会話をしていると、ホテルの部屋から1人の男性が現れ、こちらへ歩いてきた。
背はそれほど高くないが、がっしりとした体格で大きく見える。両腕びっしりとタトゥーが掘られている。
「やあ、初めまして。俺はCDTハイカーのジョーカーだ。よろしく」
「僕はスケッチだ。こちらこそよろしく」
彼と握手をする。
「私たちは今、奥のツインに泊まっているのだけど、あなたは?」
「僕はこの下のキャンプサイトさ」
なるほど、マグパイとジョーカーは、一時的かもしれないが交際しているようだ。長い期間ハイキングしていると、男女間には色々なことが起こる。しかし、CDTに関しては女性ハイカーが圧倒的に少ないため、トレイル上で出会って交際しているのを見るのは今回が初めてだった。なので、どこか新鮮な感じがした。
猛烈に空腹だった僕は彼らと別れ、すぐ近くの大型スーパーマーケットに急ぐ。1人で食事するときはレストランよりも、店で適当に買ったものを外でのんびりと食べるのが、僕は好きだった。
この日もスーパーマーケットでいくつか適当に購入し、急いでホテルに戻り、屋外テーブルに戦利品を並べる。
いつも大量に購入する
ロースターチキン1羽
アボガドサラダ
スパム1缶
ドリトス
コーラ2リットル
クラフトビール
どれもスーパーマーケットで見つけた時、涎が口から垂れそうになり、思わず買ってしまった。全てのパッケージを外すと、目の前の食べ物を乱暴に口に押し込む。
「きみ1人で全部それ食べるのか?」
顔を上げると中年の男性が自転車を押しながら、こちらへやって来ている。食べるのに夢中で全く気がつかなかった。
「下山したばかりで腹ペコなんです。僕はスケッチよろしく」
「俺はジョンだ。こちらこそよろしくな。今夜はここに泊まることにしたんだ」
彼はどの場所でテントを張ろうかと辺りを見回す。
「ジョン、きみは自転車旅行してるのかい?」
自転車には大きなキャリアバッグが装着されていて、彼自身の風貌もいかにも長期自転車旅行者といった感じだ。
「そうさ、もう1ヶ月くらいになるかな? 適当に街から街まで移動してるんだ。それにしてもこの街は騒がしいな」
ジョンは顔をしかめる。
「皆既日食パーティーらしいよ。皆既日食どうだった?」
「そうだな、ただ暗くなっただけ、としか思わなかったな」
彼はそう言って笑うと、タバコを口にくわえて火をつける。
「やっぱり、そうだよな」
僕は彼が吐く煙を眺めた。そして思い出したかのように、チキンを口に運んだ。
自転車旅行者のジョン
全て食べ尽くすと、今度は衣服を洗濯機に入れる。街での1日は意外に忙しい。
ジョンの分も一緒なので、それなりの洗濯量になった。洗濯機を回している間、外の縁石に座り買ったビールを飲みながら、ホテルのフロントを何気なく眺めていた。
中には5人の男女の客がいる。汚れた身なりとバックパックから間違いなくCDTハイカーだろう。一体誰だろうか? ここからだと顔がよく分からない。
彼らはチェックインを終えて、談笑しながら外へ出てこちらへ歩いて来た。その時、あれ? どこか見たことある顔だな。と思う。
立ち上がり顔を確認するために歩み寄る。彼らも僕に気がついたようだ。そして、同時にお互いが誰なのかハッと理解した。
「もしかしてスパイダーとスペースキディか?」
「スケッチ?」
なんと、彼らは2015年に西海岸のロング・ディスタンス・トレイルのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)で、共に歩いたハイカーだった。
「なんて久しぶりなんだ! 元気かい?」
僕は2人と強くハグをする。
「元気さ! 本当に久しぶりだな! スケッチはCDTを南下してるのか?」
「そうさ! 君たちは北上かい?」
「ああ! そうとも! なんてこった!」
いくら同じトレイルを逆向きに歩いているといっても、知り合いに偶然会うなんて驚きだ。
偶然の再会を喜ぶ
前日、ハイカー達と深夜までビールをたらふく呑んだので、僕は激しい二日酔いになっていた。
もう1日この街に留まろうかとも考えたが、お祭り騒ぎから早く離れたい気持ちの方が強く、午後にチェックアウトした。
ふらふらとアウトドアショップへ行き、新しいソックスとガス缶を購入する。
そして、トレイルに戻る前の最後のジャンクフードとしてマクドナルドで、チーズバーガー3つ食べ、コーラを腹がパンパンになるまで飲む。
そして、フリーWiFiを使用してスマートフォンで次のセクションの情報を調べていた。
穴の空いた靴下
「スケッチかい?」
名前を呼ばれ、おいおい今度は一体誰なんだ? もう、誰が現れても驚かないぞ、そう思って顔を上げる。
「わあ! ビッガス!」
しかし、またもや意外な顔がそこにあった。ビッガスも2015年にPCTで出会ったハイカーだった。彼のSNSを見ていた僕は、彼が今、彼女と自転車旅行をしているのを知っていた。
「な、なんで、君がこんなところにいるんだい?」
ビッガスと彼女
「今日この街にきて、偶然ここに入ってきたんだ! そしたらCDTハイカーがいるから、話しかけようとしたら、なんてこった! スケッチ! 君じゃないか!」
彼は大きな目を見開いて、僕に抱きついてきた。
「信じらない! そんな事ってあるのか?」
僕は彼を強く抱きしめる。
「いや、すごい偶然だ!」
こんな偶然ってあるのだろうか。
「世界ってとても狭いんだな!」
ビッガスは更に力を強めて僕は抱きしめる。
確かに、この世界は僕が思っているよりも、ずっと狭いのかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。
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Ryosuke Kawato
河戸良佑/イラストレーター 1986年生まれ、独学で絵を描いていたら、いつの間にかイラストレーターに。 20代は海外をバックパッキングしていたが、最近では海外の長距離ハイキングに興味を持っている。 2015年にパシフィック・クレスト・トレイル、2017年にはコンチネンタル・ディバイト・トレイルを踏破。