Mamma mia! #0

ただいま、東京。そして、行ってきます!

Contributed by Aco Hirai

Trip / mar.17.2020

イタリアに活動の拠点を移し、フリーのエディター・ライターとして活躍するAco Hiraiさんの連載「Mamma mia!」がスタート!
よく笑い、よく泣き、よく怒り、よくテンパる、そんな彼女がイタリアで感じた何気ない日々の出来事をパーソナルな視点で綴っていきます。

#0
プロローグ

9月14日。



地中海に浮かぶ美しい島、マルタ島から帰国し、都内へ向かう車中。
久々に見る東京タワーの美しさに浸りながら
私の心はすでに次の場所(海外)へ向かっていた。

なぜ、そんなに海外へ行きたがるのかなんて自分でもわかりゃしない。

ただ、身内にアメリカで暮らす家族がいたこともあり、
幼い頃から人一倍海外への憧れが強かったのは確かだ。

初めての海外は、交換留学で行ったアメリカ・ポートランド。
ちょうど14歳のハロウィンの時期だった。

そういえば、私がファッション誌を作りたいと思ったのもこの交換留学がきっかけだ。
ポートランドの本屋で出会った一冊のファッション誌。
「W」という、通常の雑誌より一回り大きいサイズで、
ページをめくるたびに、煌びやかな衣装を身に纏い、奇抜なポーズをとった美しいモデルたちが誌面を飾っていた。
小豆島育ちの私は、初めて見るこの雑誌に釘付けだった。

これをきっかけに、東京で編集者の仕事に就くも、海外への熱はおさまりきらず、22歳の時、オーストラリアへ。
現地の日本語情報誌で働いたが、もっとキャリアを積みたいと思い、帰国。

帰国後は、ファッション誌で10年程働き、フリーランスとして独立。

そして去年の春、思い切ってヨーロッパのマルタ島へ短期留学。
35歳という私の年齢を気にかけてか、小豆島の両親が反対したのは、言うまでもない。

楽しいことだらけだったマルタでの話もしたいところだけど、長くなるのでまたの機会に。
4ヶ月半のマルタ島生活も無事に終えた私だったが、
海外で編集者・ライターとして働きたいな、そんな思いがまたぶり返して来た。
ってことで、ラップトップを開いては、オーストラリアの就職やVISA、学校について調べ尽くす。
と同時に、マルタ留学をきっかけに好きになったヨーロッパに住んでみたい!
な〜んて軽く思ったりもして……。

もともと好奇心旺盛で、柔軟な性格というのもあって、
新しい街で暮らすことになんの抵抗もなかった、むしろ胸が高鳴る派だ。

幸運にもマルタ島へ留学していたので、ヨーロッパには数人の友達がいて
特にイタリア人とはすぐに仲良くなれてソリも合う。
よし、アモーレの国、イタリアへ行こう!
ってな感じで行き先は決まった。

思い立ったら吉日。
場所は、イタリアの中でもファッションが盛んなミラノをチョイス。
英語が通じる、そんな安心材料も欲しかった。

マルタ島から帰国したばかりの私は、シェンゲン協定というもののおかげで、
3ヶ月間はヨーロッパに入国できないので、出発は必然的に12月半ば以降だ。
その間に学校を決め、イタリア大使館でVISAを申請。
3週間後、CAPPUCCINOと刻印された謎の学生VISAを貼られたパスポートが手元に戻ってきた。



学生VISAはマニュアル通り手続きすれば、よっぽどのことがない限り許可される。
期間はとりあえず半年。
現地で再申請すれば延長も可能とか。

イタリア語なんて“ボーノ”と“ボンジョールノ”と“グラッツエ”ぐらいしか知らないけど、学校も行くし、イタリア人の友達もいるし、なんとかなるでしょ!

とにかく、イタリアで生きていける術を身につけよう!

そんな謎の“CUPPUCINO”VISAを持って、いざイタリアへ。


イタリア語の学校は、英語禁止と聞いたので、日本語で学べるイタリア語の本は必須! と思い本屋で吟味。

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