ブーツを手に入れた その2

Greenfields I'm in love #65

ブーツを手に入れた その2

Contributed by Aya Ueno

Trip / 2022.08.19

兵庫県神戸出身、東京在住のWriter/Photographer。学生時代に渡ったイギリス留学を機に、人や、取り巻く空間を魅せる表現に興味を持ち、現在Containerをはじめ、カルチャー、フードメディアにて発信中。

#65

あちこちからそれぞれのタイミングでロンドンへやって来た日本の友達。奇跡的にたった1日だけみんな揃って観光することが叶った。前回に続き、後編だ。

夕方、まりかが一足先にパリへ帰り、1人減って4人になった私たちは、ナイトブリッジからHarrodsまで歩いて行った。バスや電車を使うこともできたが、この道はとっても素敵だから散歩して行くことにした。

5月からずっと続けている毎週水曜日のベビーシッターのお家はスローンスクエアにあった。
帰りはほとんど毎週、チューブ1駅か、2駅先までゆっくり散歩して、この道を帰っていた。古く落ち着きのある建物が並ぶ大通りを通るのも、バルコニーから可愛いお花が覗く一軒一軒の家が連なる小道を行くのも、どちらもおすすめだ。
目的地であるHarrodsが見えた頃、その目前にあるイギリスの老舗革靴ブランド、Church'sになんの気無しに入った。Church'sはわたしにとって、まだ手の届かない、特別で憧れみたいな存在だった。灯りを落とした店内には、素敵なブーツたちが綺麗に並べられていた。
私たちは、その中でシルバーのスタッズがこれでもかというほど打たれた素敵なブーツを見つけた。スタッズがピカピカと光っていて、可愛いそのブーツを遠い目で見ていたら、店員さんが”今日までブラックホリデーのセールで半額だ”ととっても危険なことを口にした。値段を聞くと、日本円で6万円ほど!(日本で見たときは、19万円くらいだった)
すぐ、絶対欲しい! と思ったが、忘れてはいけない事実、昨日TOD'Sでブーツを買ったばかりだ。その次の日にChurch'sのブーツを買うなんて、本来わたしには絶対にあってはならないこと。でも、この可愛いブーツはやっぱり絶対にゲットしないとならない気がしたし、偶然見つけた運命的な出会いのように感じてしまっていた。
結局そのあと1時間以上かけて何回も何回も試着する迷惑な客へと化したわたしは、遂に昨日に続いてブーツを買うことに決めた。もえぎやさきもそれぞれブーツをゲットして、ふらっとお店に入っただけなのにね、と想像もしていなかった展開に笑った。お店を出た頃、閉店時間を遥かにオーバーしていることを知った。なに一つ嫌な顔をせず真摯に対応してくれた店員さんに慌ててお詫びを言い、ブーツの入った大きな紙袋を肩にかけてみんなでお店を出た。

こうして二日続けて、当時のわたしには少しばかりいい靴を買ってしまったわけだけど、二足とも本当に素敵で、わたしはとっても嬉しかった。大事に大事に、大人になっても大切に履こうとおもう。

朝からみっちり詰まった予定に追われ、ただでさえ忙しない私たちのロンドン観光は、この予想外の出来事に時間を取られ、その後も一息つく間もなく続く。次の行先は、Hyde park。季節は12月、目的はパークを大掛かりに使って行われるWinter Wonderlandだ。

このイギリス最大級のクリスマスマーケットは、人の多さも半端ではない。疲れと人混みなんて、誰が聞いたって眉や口がハの字に曲がる相性が悪そうなコンビネーション。しかし、朝からロンドンを駆けずり回る私たちの疲れは謎のエネルギーへと変化を遂げていて、これ以上の幸せはないかのような顔をしてキャーキャー言いながら、人の海へ飲まれにいった。

クリスマスマーケットといえば、チュロスだ!



誰が何と言おうと、チュロスは少なくともわたしにとって、mulled wineにすら勝てないクリスマスマーケットを象徴するフードだ。シナモンがきいていて、じゅわっと甘くて本当においしい。ルミナリエのようなイルミネーションをバックにみんなで写真を撮っていたら、わたしのすぐ隣でクルクルと目まぐるしく回転していたアトラクションから、arctic monkeysが聞こえてきた。10日ほど前、わたしがパリを訪れたとき、ねるの家で夜な夜な永遠と流れていた歌だ。夜12時を超えた時間帯、ねるが飽きることなく弾くギターと歌声をまりかと2人で聴き、時には一緒に口ずさみ、または時にはそれをBGMに、他愛もない会話をしたのだった。幸せだったと思い返しながら、この留学中、パリへもう一度行くことはもちろん、おそらく3人で今後パリへ行くことも、ねるのあの郊外の家へ行くことも、なんとなくもうないのだろうなとぼんやり思った。何にも代え難い大好きな思い出を、おばあちゃんになっても忘れないでいよう。わたしがこう思う瞬間はいつだって他愛無いのだ。あの時間だって、いつどこででも再現できそうなのに、きっとあの時、そしてパリだったからこそ、こんなにも大切に思える瞬間になったのかなと思う。

その後もしばらくクリスマスマーケットを満喫し最後のプラン、Albionでのディナーに向けてウーバーに乗り込んだ。
何回も行ったAlbionだが、今回ははじめて、地下の席へ案内された。Albionの世界観たっぷりの階段の奥には暗黒のカーテンがあり、一階より少しばかり大人でロマンティックな、素敵な空間が広がっていた。

メニュー表だってかわいい。



流石の私たちも疲れを隠せず、少し黙り気味。もえぎとさきに至っては食欲すら失っていたから、ちょこちょことオーダーしてつまむことにした。
今日1日を振り返った。あのGranger's& Coでの朝ごはんがつい半日前の出来事だなんて、誰も信じられなかった。体感ではもう何日も前のことみたいに感じるのだった。

可愛いカクテル。



1日だけで、数日分の思い出を作って、文字通り体力を使い切り、家路に戻った。

次の日、ななこにおっきなハグをして見送った。
行きしなと同じく、体よりおっきなスーツケースをガタガタと言わせながら帰っていく。ロンドンに来てくれてありがとう! 彼女との時間はいつだって最高だ。
わたしは残りわずかの留学生活に戻し、もえぎとさきは宿を移しあと少しロンドンに滞在する。

濃すぎるほどの1日は本当にあっけなく、もはやただ、夢を見ていたみたいだった。


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