Sole, Pizza・・・ e Amore #03

キッスのタイミング

Contributed by Aco Hirai

Trip / 2024.01.19

イタリアへ移住したAco Hiraiが綴る恋愛ストーリー「Sole, Pizza・・・ e Amore」。何気ない日々の中で気付かされるイタリア人パートナーとのたわいもない国際恋愛を綴ります。

#03




仕事が忙しかった20代の頃、男友達のひろくんに「これ読んでたら君のこと思い出したからやるよ」と言われて、しゃかりきになって働く女性が主人公になった「働きマン」という漫画の1巻をもらった。父親からは「仕事が楽しいなら結婚なんてしなくていいんだよ。自分の人生を思う存分楽しめ」とエールを送られていた。

こんなことを言われるぐらいなので、私は仕事と恋愛を器用に楽しめるタイプではなく、恋人より仕事を優先する日々をおくっていたのだ。そして、一つの恋愛が終わると、次の恋愛まで少々時間があくタイプでもあった。だから、日本を離れる前に彼と別れて1人でスタートさせた海外生活でも、恋愛より旅や語学学習、それから友達との時間に重点を置いていた。そして何より短期留学での恋愛なんて足枷になるだけだと思っていたのだ。

そんな私の気持ちが一瞬にして変わったのは、帰国予定日が2週間後に迫った週末だった。
バンドの生演奏があるということで、行きつけのミュージックバー「Thirsty」へ向かった。ペペとユウミ、それに友達の友達までもが集まってきて、学生ならではの自由さとフットワークの軽さを感じながら、この環境に満足感を得ていた。

バンドの演奏が終わると次の曲が始まるまで10分くらいの休憩がある。その間にみんなお酒を注文しに行ったり、タバコを吸いに外へ出たりする。私とユウミはペペとアントニオのニコチン補給に付き合い一緒に外へ出ることにした。タバコを吸い終わる頃、バーの中からはドラムの「ダラララララ・・・・」という音が聞こえてきた。

ユウミとペペ、他の友達たちがゆっくりと中へ戻っていく。私とアントニオもいつものカウンター席へ戻った。バンドの演奏が盛り上がる中、その音を遮るかのようにアントニオが私の耳元で囁いてきた。「こんなに一緒にいるのに、君は僕にキスしてくれないんだね」。その一瞬の予測不可能なセリフに、私は驚きを隠せず、少し戸惑った。でも、ロックバンドのエネルギーとテンションに後押しされるかのように「そんなことないよ」と返しながら私たちは初めてキスをした。絶頂に達したロックミュージックのおかげでアントニオが発する一言に自然に答えていたのだ。

こんな私でも割と異性のサインには気付きやすいタイプだと思っていたが、とんだ勘違いだったようだ。恋は突然やってくるものだったのだ。流れてくるバンドの生演奏も、周りで口ずさむ友人たちの声も、カクテルを出してくれるバーテンダーの声も全てが雑音に聞こえ、アントニオの言葉しか聞こえなくなった。そんな甘酸っぱい2人だけの時間はバンドの演奏が終わると同時に何もなかったかのように友達との会話に戻っていった。でも、確かなことは私も彼に惹かれているし「話ができる空気」みたいな存在の彼が好きだということ。

この日を境に、迫りくる帰国予定日と恋愛とのドラマティックな葛藤が始まるかと思っていたけど、そんな迷いは訪れず、即飛行機をキャンセルし、あっさりと帰国日を延長した。恋愛って、時にシンプルでスムーズなものだということを実感。

不器用な私が35年間で培ってきた恋愛の「直感」を信じてみることにしたのだ。


つづく。



アーカイブはこちら
過去の連載『Mamma mia!』はこちら

Tag

Writer