パンとバター

Gloomy day All day #14

パンとバター

Contributed by Aya Ueno

Trip / 2023.09.15

フォトグラファー/ライターの上野文さんが、過去のイギリス留学の様子を綴ったContainer WEB人気連載『Greenfields I'm in love』。全74回の連載を終え、今回からは2021年の冬に過ごしたロンドンでの2週間をお届けします。大好きなロンドンでの、小さな「きっかけ探し」の旅。

#14


12月27日、私はSeven Sistersにある華子さんの家に向かった。華子さんの家は、ヴィクトリア時代からある素敵なお家なのだけど、見ないうちにあちこちに手が加えられていて、更に素敵になっていた。玄関を入ってすぐの部屋が私のお部屋らしい。以前は確か、何用にも使っていなかった広い部屋だったと思うのだけれど、その壁はもみの木のような緑で塗られ、絨毯がひかれ、ソファーやベットが置かれ、とても素敵な客間になっていた。ここはいつか、イギリスに住む日本人を住まわせてあげられる部屋にしたいのだとか。DIYは全て自分達でおこなっているというが、本当に上手。




こんなところにカラーチェックのテスト塗りの跡があって、本当にDIYだったんだとわかった。なんだかほっこり。


この家には、パンとバターという2匹の猫がいる。彼らは庭にいてもいいし、家の中にいてもいいし、なんなら家の外にいてもいいのだから、限りなく野生に近い。私が来ると、部屋の中までついてきて、ソファの真ん中に落ち着いた。そこから私をじっと見る姿は、なんだか私の未来まで悟っているようだ。猫にはあんまり馴染みがない私にとって、彼女はなんだか可愛いというより(もちろん可愛いのだけど)厳かでミステリアス。

荷解きをして、ふとベットテーブルに目をやると、キャンドルと共に、グレイスが日本語で書いたメッセージカードが置いてあった。嬉しくて、温かくて、心細い気持ちも幾分か晴れ、元気が出た。



そのあと、私は歩いて15分くらいのところにある幼稚園に行く。ここは今、NHSのコロナ検査会場になっていた。さっき受けた簡易的なコロナの検査結果は誤診だった! なんてことがあるかもしれないという、かすかな希望をもって・・というか、もう藁にもすがる気持ちで。





正門らしいところに着いたけどそこは入り口じゃなかった。


入口がなかなか見つからず、私は中に電話したり、色々ここでも手間を要しながら、やっと検査を受けた。明日になったら、検査結果がメールでくるんだって。それまで辛抱強く待つしかない。

家に帰ったら、華子さんが晩御飯を準備してくれていた。幸い、コロナになったとはいえ症状という症状はなく、食欲も以前と全く変わらない。今日のディナーは豚のオーブン焼きだって。華子さんは、オーブン焼きにハマっているらしい。それは単にオーブンにぶち込むのではない。何回か取り出して、オイルをかけたり転がしたり、何時間もかかる手の込んだものだ。





さてお料理ができて、お皿に取り分けてもらった。コロナになったことのない華子さんとグレイスとの共同生活の1日目、彼女たちにうつらないように、寂しいけど(当たり前だが)部屋で食べようとしたら、グレイスと華子さんは何やら話をして、そしてグレイスは私に向かって言った。

「あやぽん、華子と私には、オプションがあります。」
(二人は時々私のことをあやぽんと呼ぶ)

日常会話で“オプション”と言わない私は、ここで何を言われるのか皆目見当もつかない。なんだかドキッとして、そのまま黙って聞き続けた。

「オプション1、マスクをする、手洗いうがいをしっかりして、部屋で隔離をする。」

私は、もちろん! わかってるよ、と言いかけ、そしたら、グレイスは続けて言った。

「オプション2は、マスクをしないで一緒にご飯を食べて、生活する」

ポカンとしていたら、グレイスに続いて華子さんが言った。

「文さん、もういいんじゃないかしら。普通に生活しませんか? わたしは年末年始で幸い仕事がお休みだし、グレイスも学校がないし。グレイスも仮にかかって少し休むことになっても、グレイス、ちょっとズル休みしたいんだもんね。」

と笑って、またこっちを見て、

「2人とも困らないんです。だから、一緒に隔離しませんか?」

!!!

私はもうびっくりびっくりして、返す言葉も思いつかなかった。嬉しさと申し訳なさと、ここにいてもいいんだという安心と、申し訳なさでもうぐちゃぐちゃだ。色々と話し合った結果、兎にも角にも、コロナになったわたしと極めて健康な2人と3人での隔離が始まった。

そうそう、豚のローストの表面はカリカリとしていてとてもジューシーで、中はとても柔らかい。塩味が豚の旨味と調和して、本当に美味しかった。

これから何日か、もしかしたらもっとお世話になるかもしれない2人に何回もお礼とごめんを言って、わたしのロンドンでの隔離生活は始まった。




つづく!



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