Couch Surfing Club #4

憧れの美術館 Dia:Beacon

New York

Photo&Text&Illustration: Yui Horiuchi

Trip / 2019.09.04


ニューヨークの地下鉄移動にも慣れてきた滞在4日目の朝。

一昨日よりも早いスタートになるとは思ってもみなかったが、午前7時に、マンハッタンの喧騒を後にする。向かう先はDia:Beacon。
Dia:Beaconへは長いこと夢に見ていた憧れの場所。閑静なエリアとして知られているアップステートに位置する、巨大な工場の跡地を現代美術館へと変貌させた場所。現代アート好きにはたまらない至極の環境で作品を鑑賞することができるんだろうと、出国前から胸を踊らせていた私的観光名所のひとつ。

車で片道2時間ほど、東京だったら都から出ちゃうくらいのロケーション。先日一緒に出かけたMikaさんに週末の予定を聞かれなかったら、一人ぼっちの旅になるところだったが、思いがけず大好きOtonoと愛犬Ameriも一緒にファミリートリップの仲間入りとなった。



Mikaさんの運転する車の後部座席でうとうとし始めたOtonoに着てきたブレザーをかける。全身がすっぽりとおさまってしまう。眠りについたOtonoを見届け、顔をあげたら窓の外の景色がすっかり移り変わっていた。幼い頃に住んでいたDCの風景を彷彿とさせるような住宅街が、そこはもうBeaconの街だった。

美術館の案内がでてくる。到着してすぐに見えたのは、重厚で質素な見た目のレンガ倉庫。知らない人が見たら一体なんの建物なのか、興味を引くこともなさそうな無愛想な佇まい。



勝手を知るOtonoが前庭の芝生でお得意の側転をして転げ回っている間、愛犬のAmeriは入館できないと分かった。せっかく一緒に連れてきたのでとMikaさんがお散歩へ連れていき、私の初BeaconはOtonoのプライベートツアーで見て回ることに。

一歩美術館の中に入ってみると、圧巻だった。面積、天井高、採光、長年使い込まれた温かみのある木製の床材、でも埃っぽさを感じさせることはなく、どんなに大きなホワイトキューブにも出せない威厳さを兼ね備えた立派なアートスペースだった。どれほど広いのか想定もしてなかったから、Otonoがいてくれて助かった。エントランスを入ってすぐはこのフロアはこっちこっちと手を引いてくれる。



端の部屋から見て回る。ダン・フレイヴィンの作品が並ぶ、、並ぶ、並ぶ、並ぶ…。一生分のダン・フレイヴィンの作品を見たような気がした。蛍光灯のインスタレーション作品が工場の曇りガラスや自然光の入る窓辺で展示してあり、物質的でないものの光のコントラストがよく見える展示だったと思う。



隣の展示室には一面のアンディ・ウォーホル、ウォーホル、ウォーホル…。展示室丸ごとぐるっと使い、1ミリの狂いもないくらい計算しつくされた展示に感嘆。



他の部屋も回りつつ、気づいたことがある。Otonoの鑑賞スタイルだ。バレエを習い、所々くるくるしたりしていたが、アーティストの娘だけあって、美術館での立ち居振る舞いが行われていて、作品を観賞する上で注意しなければいけないようなことはなかった。普通の子供なら興味津々ですぐに手で触れたくなってしまうようなオーラを放っているのが現代アート作品の魅力だったりする。一番乗りの観客になった私とOtonoに監視の目が集中していたが、ガラスの作品や明らかに事前に注意されそうな作品もOtonoが一足早く『Don’t touch! Okay?』と言って、むしろセキュリティの人たちを笑わせていた。


John Chamberlain(ジョン・チェンバレン)

工業廃棄物のスクラップを抽象絵画のように立体作品へと仕立てた色彩豊かな作風で知られる。


On Kawara (河原温)

国際的な評価を受ける、日本出身の現代美術家のなかで世界的にもっとも著名な1人。代表的な作品に日付を記した、Todayシリーズがあり、特定の場所や相手へ送る電報やハガキなど存在の在り処などを独自の方法で作品にしている私も影響を受け尊敬する作家だ。2014年の彼の亡き後、自身の誕生日にTodayシリーズへのオマージュとして彼の作品制作と同様の手法で制作を試みてみたこともあったが、フリーハンドで下書きもせずに正確なブロック体を描く難しさ、24時間以内で制作することなど、シンプルな画面を構成する背景に多くのルールやスキルが欠かせないことは言うまでもなかった。


Richard Serra(リチャード・セラ)

在籍していた多摩美の校舎にも設置されていた、セラの大迫力の彫刻作品。鉄板としての硬い物質を動きのある彫刻作品へと変容させたことで知られるアメリカの作家。この規模の作品を屋内で展示できること、しようと思ったこと、全てが良い塩梅で場が整っていた。



地下にはBruce NaumanやFrancois Morelletの作品、こちらは上階のダン・フレイヴィンとは違う照明作品の見せ方をしていた。



個々の大きな展示室とは別の一階のフロアでは自然素材の彫刻から工業的なものまで、大小さまざまな立体作品が点在。

Michael Heizer(マイケル・ハイザー)

常設でしか考えられない、フロア丸ごとプールのようにくりぬいた作品。よく見えないから抱っこしてとOtonoを持ち上げて一緒に上から覗きこんだ。



美術館最後の写真は、小さな2階部分の小部屋にあるルイス・ブルジョワの作品。ここには子グモが展示されていた。母グモにあたるママンという作品が六本木ヒルズにあるのを知っている人も多いだろう。



駆け足だったがひとしきり満喫した美術館から美味しいと聞いていた隣のレストランでランチタイムだ。それぞれ、マック&チーズ、ハムサンド、私はプルドポークのバーガーを頼んだ。そもそもプルドポークが好きなのでメニューは一瞬で決まる。シンプルな見た目だが充実したコンテンツに満腹感に大満足だった。バーガーも美術館もコンセプトが同じで、一人笑ってしまう。



Otonoが家族のためにとBruce Naumanのポスターを広げてMikaさんに渡す。いい子だなあ、嬉しそうにポスターを受け渡してる様子を見てほころんだ。ミュージアムショップというか、展示作家の関連書籍を取り扱うブックストアがあり、おみやげになりそうなものは常設作品のポストカードが数枚置かれているだけだった。グッズの展開を充実させて売り上げやインフルエンスに一役買うミュージアムショップが主流の中、どこまでも硬派な感じのこの美術館のあり方に美術館本来の役割を見直すきっかけになった。今回は半日の滞在だったが、時間が取れるなら丸1日の滞在をおすすめしたい。



一路ブルックリンへ。帰路も小さな体はエナジーチャージ。往復の長旅に車を出してくれたMikaさんには改めて感謝してもしきれない。夜出かけるというMikaさんとまた会う約束をして、Otonoとはハググッバイ。



夕方約束をしている友人と会うまでできたギャップの時間でグッゲンハイム美術館へ。行くだけ行ってすぐUターン。なぜかといえばこの行列を目の当たりにしたから。

代わりにWhole foodsに寄り道して、大好きなフルーツシート(果肉ジャムを薄く伸ばしたシートのようなもの)の無添加バージョンを購入して帰る。90年代のアメリカで幼少期を過ごしたことのある人だったら分かる子供のお供が、「フルーツロールアップ」と「ゲータレード」。もはや化石となった人工甘味料と着色料のオンパレードの日々で何事もなく育ったが、今となってはフルーツロールアップはアメリカの負の遺産となり最近は売ってるところすら見かけなくなった。



ホテルに荷物を置きに立ち寄り、また南下。今度の目的地はブッシュウィックだ。工業地帯となってるこの地域、駅に降りた瞬間からどこかしこから爆音が街に鳴り響き、空気の感じからパーティーの匂いがした。

思いおもいのファッションでおしゃれして、これからナイトアウトを楽しむ若者たちで溢れかえった駅前を抜ける。歩を進めると更にヒートアップしていく熱気、駅まで聞こえてきたダンスチューンは紛れもなく自分の目的地からだった。アートライターでごはんも作れるKikiさんのDJを見に行こうと、フォトグラファーのなおこちゃんとELSEWHEREの前で落ち合う。



壁には初日に会ったヒシャムさんのミューラル。階段を抜けるとそのままルーフトップがクラブになっていた。ちょうどDJを終えたばかりのKikiさんにも会い、近況の報告などして個展開催の旨を伝えた。



久しぶりに再会するふたりは、全然変わっていなかった。Kikiさんとは高校卒業直後にセーラー服で会ったことが懐かしい。日暮れ時で過ごしやすい気候の上、ルーフトップで踊れて飲めて、しかもエントランスは無料。海外にくると比較的よくルーフトップバーやクラブを見かけるけど、東京ではいまだに屋上を開放する文化はあまりない。ネガティブイメージのつきまとう日本の屋上をもっと楽しいことに活用できたらいいのに。

ひとしきりみんなとキャッチアップし、なおこちゃんが新しくできたチャイニーズを食べに行こうと階下へ誘ってくれる。どこかと思ったらELSEWHWEREの真隣から怪しく漏れるブラックライトの光。Mission Chinese Foodという最近話題のお店らしい。チャイニーズと聞いていた私のアメリカンチャイニーズのイメージは一瞬でぶっ飛んだ。先ほどのElsewhereよりこちらの方がよっぽどクラブっぽい。



ドリンクメニューも変わっていてPhil Khallinsという、ココナッツミルクにジン、ラー油と鷹のツメが丸ごと一本、まるで鉢植えに浮かぶ金魚のようなカクテルを頼んだ。



辛いのは苦手というか全然食べられないのだけど、お店の人でさえワーニングするほどの名物だという激辛チキンウィングを食べてみることに。なおこちゃんは一発KO、不思議なことに私はまだ味わえるレベルだった。

帰り道トイレに寄る。まさかとは思ったけど、こんなところにこのレストランの真骨頂を見た。



相変わらず暗くてよく見えない通路を地下へ進むとそこにはグリッターの床に真っ黒の便座、鏡はマトリックス仕様。酔っ払っててトイレにたどり着けない人もいるだろうななんて思ってしまった。そんな中トイレットペーパーだけは普通の白いペーパーで、ここはもう少しひねりがあってもよかったのではなんて。(笑)



最後に今夜のメインゲストのDJをチラ見しにElesewhereへ立ち寄り、次のパーティーに向かうためなおこちゃんが呼んでくれたウーバーに乗り込み、一緒にブルックリンに移動する。向かった先はPublic Records、東京のAgnes bでも個展を開催していたRoosterのバリ移住に向けて彼のフェアウェルパーティーにMikaさん、Parla Brothers一同が集っていた。



到着したところ、ちょうどJoseがDJをしている最中だった。
南米にルーツを持つ彼らしいラテンビートで先ほどとかまた違う落ち着いた大人のパーティー。ほどなくしてMikaさんがボトルのシャンパンを持って現れ、みんなで乾杯した。



海外では「行けるタイミングでトイレに行く」のがマイルール。高速のSAでも車で待たずに絶対トイレに行く。ここのお店でもトイレに立ち寄ると今日Dia;Beaconに行った影響なのか、個室に置かれていた小さな小石までもアート作品のように見えてきた。真相はわからないけど、深く物事を追求しすぎない気持ちのいいところの解釈にとどめておけるのもアートの醍醐味なので、写真を撮って満足。



帰り道またなおこちゃんとも会う約束をして地下鉄に乗った。ほどなくして急停車。粋なダンサーがなかなか動かない車内の余興にとパフォーマンスを披露してくれる。こういう場を問わない自己研鑽バイタリティ、私も身につけて帰りたいと思っているうちに電車が動き始めた。





ホテルで待つ体調不良の友人にようやく帰れるよと連絡。
新陳代謝アップのカプサイシン効果に期待つつ、拍手喝采に沸く車内でミッションチャイニーズのチキンウイングを大事に抱えて帰路についた。


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