TOUCHDOWN

Couch Surfing Club -西海岸ロードトリップ編- #50

TOUCHDOWN

Contributed by Yui Horiuchi

Trip / 2023.07.13

海外へ何度行ったって、旅慣れなんてない。旅で出会う全ての人にフランクに接し、トラブルだって味方につける。着飾らず等身大で、自分のペースで旅を楽しむアーティストYui Horiuchiさんが、サンフランシスコからポートランドまでの旅の記録。

#50

ジャケットを羽織りながらスタジアムへの道を急ごうとしている矢先、友人がお隣さん家のおばあさんに呼び止められた。
「なんていいところに! ちょっと時間あるかしら?」
「なんですか?」
「わたしのカンナビスが収穫時期かどうか見て欲しいのよ」
オレゴン州コーバリスでの日常風景の中の一コマ。
今日も野生の鹿が小鹿を二匹連れて人の家のフロントヤードを散歩をしていた。



「いまアメフトの試合を見にいくところなんですけど…まあ少しなら」
わたしの方に少し困った顔を向ける友人。
「あなた! エキスパートが様子を見てくれるって! 虫眼鏡を持ってきて!」
「この虫眼鏡、僕のおじいさんの形見だからくれぐれも慎重に扱って」
お爺さんがお爺さんの虫眼鏡を取り出して手渡す。
「はい、承知しました、そこだけは心得ておくわ」
「わたしもご一緒していいですか?」
「もちろんよ!」
そう言って、素敵なお庭を案内してくれて、友人が植木の点検をしている間わたしは庭先で大きく実ったイチゴをいただいて少し待つ。

「ビーバーの試合があるって一言言っておいてよかったね」
「ほんとだよ、街を歩いてるといつもこう、すぐ人に捕まって予定に遅れるんだよね」
「今日はセーフだね」
家を出て急な勾配を足早に下りながら、最後のイチゴをシェアした。
「ずいぶん甘いイチゴだね」



コーバリスに着いた日にプレウォークをしておいたスタジアムまでの道のりを大股で急ぐ。
Oregon State Universityの敷地に近づいてくるにつれて、こちらの興奮も高まってきた。
この街での大学の存在やカレッジフットボールが大きな意味を持つ、この街ならではの熱気に包まれている。
今回の対戦相手はランク25入りしているLAのUSCという大学だが、ビーバーズは今シーズン負けなしなので、見応えのある試合になりそうで楽しみだった。
今年のビーバーズはランク入りしてないものの、強豪校をも倒せるくらいの守備力と攻撃力を兼ね備えていて期待値の高いゲームになることは間違いなさそうだ。
チームカラーのオレンジと黒のアイテムを身に纏った人々が徐々に増えていく。
散歩中の犬の首元のスカーフまでしっかりとチームカラーでマークされていた。
近くの家の駐車場では試合を見にいけない学生たちが集まって、なにやら盛り上がっているようだ。
通りまで人が溢れていてわたしたちは反対側の歩道に渡り歩きながら様子を見た。
どうやらテレビの実況中継を待ちながら、ビアポンで盛り上がっている。



ホームタウンでの試合ということもあり、大学の敷地内に入っていくと徐々にファンの盛り上がりも高潮してくるのが一目瞭然。
ごく稀に、バーガンディーとバターイエローのチームカラーを身に纏った対戦校のUSCのファンも見かけたが圧倒的にビーバーズのファンで溢れかえっている。
テイルゲートパーティーを楽しむ人たちで駐車場も賑わっていた。
バーベキューをしたり、フェイスペイントをしたり、聞くとシーズン中の駐車場を確保しておくために結構な金額を払って所定の駐車場をキープしているらしい。
タープを張ってキャンプ状態の人々や出店してるのかと見間違うほどの気合いを入れている訳もよく分かった。



スタジアムの入り口に近づくとドッグショーも開催中、完全にお祭り状態でこちらのテンションも一気に上がってきた。

友人が「うお! まじか!」そう言ってわたしのジャケットの袖を引っ張った。
「え、なに?」
「あの人見て」
言われたまま目の前を通り過ぎて行く明らかにがたいの良いアスリート体型を目で追った。
友人はというと少年のような目をしている。
人混みに彼が消えていった途端こちらを振り返って興奮したように
「今のBrian Grantだよ!! 元Trail Blazers(NBA)の選手!!」
BlazersはポートランドのNBAチームだ。
そのあとも自分に話しかけるかのように
「そうか今彼の息子さんがBeaversで現役のプレイヤーなんだ、それで今日来てるのか」
例年のスーパーボウルの盛り上がりもパフォーマー同様にゲストとして来場している錚々たる顔ぶれで観戦以上のお楽しみがあるとはこういうことかと実感させられた。



入り口でチケットのQRコードをスキャンし入場しそれぞれトイレを済ませるも、『ここで落ち合おう』のここの認識が一致しておらず一瞬友人を見失う。
みんなが同じような格好をしているので探し出すのも一苦労だ、急いで電話をして再度落ち合ってから2階席に向かった。



わたしたちの席は2階のブロックのゲート222、16列1番と2番、どうやら通路に面した座席のようで出入りはしやすそう。
時間は18時35分、キックオフを見逃すわけにはいかない。
2階席と言っても階段にして6フロア分をダッシュで上がる。


階段の踊り場から見えたOSUマスコットキャラクターのBenny Beaverくん。


新しくなったスタジアムで友人もゲートの入り口がいまいちよく分からずかなり時間を消耗してしまった。
座席を確認した頃は息もあがって、ビールや軽食を買いに行く間もなく着席と同時にキックオフ。
国家斉唱は見逃してしまったようだ。



先攻チームのビーバーズがすぐに1st downを決めて、会場のボルテージも一気にヒートアップ。
会場全体が一体となって流れてくるBGMに合わせて腕を敵陣のエンドゾーンに向けて5回振りかざす。
最後に一声「WOO!!!」と言って腕を振り上げた。
これがビーバーズの1st downの合図。



1st quarterの3rd downを決めたところで
「ビールを買いに行くなら今だ」
友人がそう言い出し席を立とうとしたが、当然試合を楽しみにしていた友人を2nd quarterまで席に残しておくため、わたしがビールを買いに座席の階下にあるバーに向かうことにした。
試合中のバーは閑散としていてすぐにBlue MoonとCoors Lightを頼むことができた、座席に戻ろうと思ったら座席に戻るスタジアムの入り口が引き戸なことに気がつく。
「あぁ! 押さえててあげる! このドア押して開けられないのほんと変よね!」
両手がビールで塞がって足でドアを開けようと奮闘していたわたしにビーバーズのTシャツを着た女性が背後からさっと駆け寄ってきてくれドアを通り過ぎる間押さえてくれていた。
お礼を伝え、ビーバーズのファンにだけ通じる合言葉
「Go Beavs!!」と伝え、お互いの座席に戻っていった。

スタジアムの中は変わらずの熱狂ぶりで、通路で立ち止まる人や自撮りをしているカップルたちには『席に座れ!』と熱烈なファンからヤジが飛んだりしていたが言われた方はお構いなしだ。

ハーフタイム直前に通路の向かいに松葉杖で座っていた男性が時差でトイレに立ち上がる。
よく考えてみたら、この6階建プラス2階席に片足骨折で松葉杖で上がって来たのか!?
と頭が混乱した。
「あの人大変そうだね」
と友人に耳打ちする
「he is warrior」
おっしゃる通り。
不屈の精神でここまで来て子供と試合観戦をしているパパは立派な戦士だ。



そのまま得点はせずにハーフタイムに突入し、通路側に座っていた私たちはそれぞれ手分けしてビールのおかわりとチーズバーガー、プリュッツェル、初めて食べるTator Totsを買いに行った。



20分間のハーフタイムが終わる頃にはコーバリスの西側に沈む夕日がFoot Hillの陰影をさらに際立たせ、少し肌寒くもなってきた頃合い。
それまで腕まくりをしていた自前のビーバーズのジャケットの袖を伸ばし、Tator Totsにも手をのばした。
チアのパフォーマンスやブラスバンドの華やかな演出も楽しみ、いよいよ3rd quarterの幕開けだ。



3rd quarterの間も接戦だったが、両チームともに得点なし、しかし4th quarterに入ってから激しいボール運びで相手チームが先にタッチダウンを決め会場中に落胆するファンの声が鳴り響く。
ここで、7対10。相手チームが3点多く得点している。
ソワソワとするBeaversのファンの期待に応えるようにプレイヤー達もすぐにタッチダウンを決め、会場はこれまでにない興奮につつまれた。

みんながタッチダウン目前で座席から立ち上がり、得点を決めた瞬間嬉々としてみんな飛び上がりスタジアム全体が揺れるほどだった。
通路を隔てて絶叫していたラテン系の女性と振り向きざまに目があった、知らない人だけど気にせずハイタッチ。
みんなで興奮の瞬間を共有した。

落ち着きを取り戻した頃に自分で自分の飲みかけのビールを興奮のあまり蹴飛ばしていたことに気がついた。
だけど試合終了まであと少し、今は14対10でビーバーズが優勢だ。

このまま終わってほしいと思ったのも束の間、すぐにUSCもタッチダウンを決め、華麗にキックも成功させ追加の7点を与えてしまった。
2ndでUSCのフィールドゴールで3点を取られていたのが響き、試合は3点差でビーバーズが負ける結果に。

「USCのランクが上位なことも頷けるような頭脳戦でこんな接戦でましてや僅差で負けたことは悔しいけど生で見る試合としてはほんとに申し分のないいい試合だったと思う」
会場で肩を落としている友人に伝える
「本当、それはそうだと思う、自分も試合観戦するのは多分5年ぶりくらいだけど今日の試合は会場で見るのにふさわしいゲームだった」



6フロア分の階段をラッシュアワー並みの人混みが埋め尽くす試合終了後。
帰り道では通り過ぎていくみんなが口々に
「あそこでこうしてれば、今日は絶対勝てた試合だ」などと口々に言ってるのが聞こえて可笑しかった。

家路を急ぎながら、友人の通っていた小学校の脇道を抜ける。
ふと顔を上げると満点の星空で、今夜のいい試合の奮闘っぷりをさらに讃えているようだった。
そのままくるくる回るとプラネタリウムで見る流星の絵みたいになったけど、少ししたらアルコールも手伝ってふらふらする。

家に帰ると帰宅を待っていた犬が飛びついてきて、お利口にお留守番していたことを確認しようとしていたけど
「YUIこれ見てよ」
友人の苦笑いと指さされた先にあった白い生地のソファの座面にくっくりと浮かぶ犬の濡れた鼻をスタンプしたような痕跡が、、
「犬の顔見てよ、Guilty faceしてる」
「ほんとだ」
犬の方を見たら悪いことしたのバレたって顔をしていて笑ってしまった。

「どうしたらいい?」
困っている友人。
「変なものじゃないし、とりあえず熱湯で絞ったタオルで叩き拭きして、乾いた布巾を押し当てて明日まで様子見よう」
犬の正直さと実家のソファを汚してしまって困惑を隠せない友人、どちらも顔に出てしまっていて、ゲームの興奮と充実しすぎた1日に困り顔で笑い肩の力が抜けるエンディングとなった。



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