The Route #8「anna magazine編集長の取材日記」
「パイオニアと詐欺師」
anna magazine vol.12 "Good old days" editor's note
Contributed by Ryo Sudo
Trip / 2018.12.09
「パイオニアと詐欺師」
9/23
Juneau
ジュノーの街の朝は早い。7時前にはあちこちの店が開店する。
ローカルに人気のコーヒーショップ「ヘリテージ・コーヒー」の朝ごはんに後ろ髪を引かれつつ、インタビューする予定の女の子が指定したカフェに向かう。
「ちょうど大学のテスト期間なの」
と言いながら、「早朝なら取材できるよ」と無理やり時間を割いてくれた彼女に感謝しなきゃ。彼女は僕たちのホテルのすぐ隣の「オーロラプロジェクト」というショップで働く女の子だった。街の情報が聞きたくてふらりと店に入った僕たちに、まるで大学の同級生に話すみたいな感じで、あれこれジュノーのことを教えてくれた。驚くほど自然体で、とても感じがいい女の子だった。自分では気づかないけど、旅の最中、せっかちな僕の表情はきっといつも曇っているに違いない。できれば彼女のように、「感じのいい人」を目指したいと強く思っているのだけど、なかなか難しい。
ジュノーの街から20〜30分離れたAuke bayという小さな集落にあるカフェは、意外にも朝から若い人で混雑していた。ワッフルや焼きたてのパンが特に美味しくて、学生たちに愛されているローカルなカフェだった。彼女のボーイフレンドと一緒に朝ごはんを食べながら、2人とも僕らの質問にニコニコとていねいに答えてくれる。
「僕たちハワイから来たんだよ」
少し胸を張って自慢げに伝えたのだけど、2人のリアクションは「うん、ハワイっていいよね」という感じだった。アメリカの最南から最北の地までひとっ飛び、という感じで「えいっ」と勇気を出した壮大な旅のつもりだったのだけど、アラスカの人たちにとってハワイに行くことはどうやら普通のことみたいだ。僕たちが沖縄行くようなイメージなのかな。
弟と住んでいるという家を見せてもらって驚いた。海沿いの小さな森の奥に建てられた、お菓子の家みたいなとんがり屋根がスーパーキュートな小屋に2人で暮らしていた。トトロとか、アリエッティとか、そんな感じ。ファンタジー過ぎる。
小さな螺旋階段を中心にくるくると設計された3階建の小屋は、ベッドの上がボルダリングの壁になっていたり、階段下は広い収納になっていたり、見た目に反して実に機能的だ。40人くらいしかいない村で育った兄弟で、お姉ちゃんは今、大学で環境の勉強をしながら、絵を書いている。もちろんアラスカに住む女の子らしく、釣りやスノーボードにカヤックなど、あらゆるアクティビティを楽しんでいる。弟はハンティングもするらしく、前の日にライフルで鹿を仕留めたのだという。見た目や所作はとても洗練されているチャーミングな兄弟なのに、自然と驚くほど濃く密接に繋がっていることに、アラスカという地域のタフさを感じる。けど、彼女たちにとってはあたりまえの日常なんだ。
家のあちこちに「LIVI’N AK」というステッカー。やっぱり地元を大切にしているんだ。なんだかうれしくなった。
アメリカの若い人は、自分の考え方やストーリーをとにかく上手に、コンパクトに話す。僕たちの質問に、ほとんど間を置くことなく必ず理にかなった答えをくれるから、とてもインタビューしやすい。いくつか質問を用意しておけば、話はどんどん広がっていく。
それって多分、彼女たちはいつでも「自分自身が考えていること」と真面目に向き合ってるからなんだと思う。
「自分は何を大事にしていて、どんなことをしたいんだっけ?」
つまり、そんなこと。よく考えると単純なようで、難しい質問だ。
僕は普段、たくさんの情報を受け取ることばかりに必死で、ゆっくり「自分自身の考え」と向き合う時間をほとんど取っていない。だから、自分のことを聞かれるのがとても苦手だ。何も考えていないんじゃなくて、考えがまとまってないんだな。
若い人のポジティブで簡潔な意志表明は、いつ、どんな時でも気持ちがいい。
「彼女はきっと、俺たちよりずっと生きる力が強いよね」
シャッターを切りながら、ぼそっとカメラマンが言う。
次の日に予定されたヘインズまでのショートトリップ取材のために、アラスカマリンハイウェイ乗り場へ。2日に1便、しかも片道しかないことに驚いた。どこに行くにも(北海道や九州だって!)道路がきちんと繋がっている日本と違って、あらゆる場所へのアプローチが船か飛行機だけというアラスカの生活は、思っているよりもずっとヘビーなんだ。
アラスカのゆったり流れる時間に慣れるにつれて、普段自分がどれほど時間に追われて生きているのか、よくわかった。けど、どちらが時間を効率的に使わなければならないか、と聞かれたら、断然アラスカの方がシビアな気がする。だって、たった数分の遅れで、丸2日間足止め、なんて聞いたことないもの。
とにかく明日はいけるとこまで行くしかない、としょんぼりしていると、「氷河見に行こうぜ」とカメラマン。
気がのらなかったけどすることもないので、街から10分ほどのところにあるメルテンス氷河へ。
…素晴らし過ぎる。
圧倒的な風景は、人の心を一瞬でリセットするんだ。
氷河の前には大きな湖があって、そこから流れる小川のキンキンに冷えた雪解け水の中をジャブジャブとビーサン(ハワイ仕様)で突き進むカメラマンに驚いたけど、つまり、氷河にはそれだけ近づきたくなるような抗いがたい魅力があるということなんだろう。こんな風にあまりにも感動しすぎた時は、とりあえず記念撮影に限る。それにしても、カメラのレンズと人の目って、こんなにも違うのか。どれだけ撮り直しても、今目の前に広がる迫力を再現することはできない。自分の目で見るってことがどれだけ素晴らしいのか、悔しいほどに実感した瞬間だった。
街の古いブックストアに立ち寄る。ジュノーの街をつくったという「ジュノー」という荒くれ者の伝記が気になった。ジュノーもフェアバンクスも、一攫千金を狙った詐欺師が作った街だったらしい。パイオニアとか冒険者って呼ばれている人のほとんどはロマンチストであり、究極の自己主義者だ。自分の夢が成功すれば讃えられるし、失敗すれば詐欺師扱い。要は紙一重ってこと。そんな荒くれ者を街の名前にしてしまうのが、アラスカの面白さだし、今も「ラストフロンティア」と呼ばれている所以なのかもしれない。
夕食はフォーがメインのコリアンか、プルコギがメインの日本食。
うーん、究極の選択だね。
今夜は日本食をチョイス。カルビ弁当にする。
正解。気分良く眠れそうだ。
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Ryo Sudo
anna magazine編集長。制作会社Mo-Greenで数多くの広告制作、企業ブランディングなどに関わる傍ら、"anna magazine"、"sukimono book"などペーパーメディアを中心に独自の視点で日常生活を再編集し続けている。