Couch Surfing Club #5
クラウンハイツに一泊
New York
Photo&Text&Illustration: Yui Horiuchi
Trip / 2019.09.13
今夜は楽しみにしていたブルックリン泊。最近家を買ったというアーティスのト友達が「泊まりにこないか」と誘ってくれたわけだけど、「猫が8匹くらいいる」と言うので、あまりよく考えず黒い服を着て出かけることにした。
まずは午前中は自分の予定をこなす。
インタビュー予定の作家の足立喜一郎(通称キッチョン)に会いにいくためにパークスロープに向かった。
駅から彼のスタジオに向かう途中には、閑静な住宅街が広がっていた。そのエリアでは、白人の子供連れの家族を見かけることも多く、明らかに安全そうな地域だった。
駅に到着したことをあらかじめ伝えていたので、スタジオの外までキッチョンが迎えに来てくれた。私が18歳の頃、東京都現代美術館で"SPACE FOR YOUR FUTURE"と題した展覧会を企画していた彼が、当時足を骨折してギブスにスーツ姿で、松葉杖をつきながらオープニングに出席していたことが懐かしい。ギブスと松葉杖以外は変わらず、笑うとさらに小さくなる目元が印象的な笑顔は、12年たった今も健在だった。
キッチョンは、佐々木スタジオというスタジオに制作滞在中。そこは、大きな倉庫をメインとしたスペースと運搬器具を兼ね備えた、重量系の立体作品を作る作家達には願ってもないような最高の空間だった。
少しほこりっぽさはあるものの、天井高のある天窓からすすけた優しい光が差し込む落ち着く空間だった。もともと日本人の作家さんが設けたスペースということもあって、現在は、ニューヨークにいる若手日本人アーティストのためのスタジオとして稼働しているらしい。昔話も交えつつインタビューをしながら話が盛り上がって、あっという間に2時間も経っていた。急いで写真撮影を済ませ、奥さんと生まれたての赤ちゃんに挨拶をしてスタジオを後にした。
近くに美味しいお店があるというので、連れて行ってもらった。
行き先は"GOOD BURGER & GOOD BEER"というどストレートなネーミングのお店。
テラス席に座ってメニューを見ていると、前回に続きまたしてもプルドポークバーガーを発見。「これは頼むしかない!」と即決。
メニューの中にちょっと不思議なタイポグラフィを見つけて、笑いながらまずはお店イチオシのヘイジービールで乾杯をする。
この店があるのは、ガールスカウトの女の子達や赤ちゃん連れの家族で賑わっている街角で、あらためて「ここはニューヨーク?!なんて平和な街なんだろう」とマンハッタンの喧騒がまるで嘘のように思えた。
お目当てのものにありつけて、スタミナも回復。今夜のホストに会うまで、近くのブルックリンミュージアムで時間を潰すことにした。
キッチョンに別れを告げて、歩いて美術館へと向かう。
Grand Army Plaza という凱旋門と立派なブルックリン図書館を前に、しばし"ケ~セラセラ~♪"と聞こえてきそうな、パリのような風情を楽しみながら、すぐお隣にあるブルックリン美術館に到着。ニューヨークに来て以来、ここが初めてのドネーションベースで運営されている美術館だった。
企画展が終わったタイミングだったのか、クローズ中のフロアがちらほら目についたが、友人が来るまでくまなく見て歩いた。館内で一番気に入ったのは、収蔵庫の展示だったかもしれない。内容品の充実ぶりはMETなどにはもちろん叶わないけど、凝縮された空間がむしろ好奇心をそそられた。
隅々までチェックしたにもかかわらず、美術館の滞在では予想以上に時間が余ってしまった。仕方なく灼熱の屋外に出ると、アイスクリームのフードトラックが近くに止まっていたので、無条件にトラックに吸い寄せられていった。
フローズンヨーグルトっていうけど、実物はただのアイスクリーム。一瞬で溶け始めるアイスを急いで食べていると、ホームレスが「小銭はないか」と寄ってきた。悪意はないけれど、ほんとうにそれどころではなかったので、まったく相手にすることができなかった。アイスが溶けてベトベトになってしまった手を洗い、友人がそろそろ来るだろうと予想してエントランスに戻った。
エントランスでは、マイアミで友達になったアリソンがちょうど迎えに来てくれたところだった。彼女は食べ物を使ったパフォーマンス、おもちゃやぬいぐるみを使ったオブジェクトなどを作っているアーティストだ。今夜泊めてもらうのは、新婚ほやほやの彼女のお宅。
家に向かう前に美術館の隣にあるボタニカルガーデンに立ち寄った。彼女はご近所ということもあって、年間パスを持って来てくれていたのだ。
手作り感満載の小さな日本庭園を抜けて、立派なローズガーデンをお散歩し始めた頃、空模様が突然怪しくなってきた。
急いでクロークの荷物を取りに美術館へ戻ると、エントランスに入ったとたん土砂降りに見舞われる。突然のお天気雨の中、美術館の閉館の時間になってしまい、無情にも「外に出ろ」と警備員に追い出されてしまったが、他の雨宿り客と一緒に、雨があがるまでひとときを屋根の下でウーバーの予約などをして過ごした。
車の到着と時を同じくして雨があがったので、車に乗る時も雨に濡れることはなかった。
道中、アリソンが「寄りたいところがある」というので、¢99ストアで子ども用のおままごとセットを買っているのを見届けた。おそらくまた制作に使うのであろう。ピンクすぎるおままごとセットを片手に友達のお店がオープニングパーティー中だというので、素敵なセレクトショップに連れて行ってくれた。
店内を見て回っていると、可愛いサングラスを発見!景気付けに購入しようと思い、値札がないままレジに持って行ってみると、お買い得すぎる$15。心の中でガッツポーズした。
夕飯時になり、ようやくアリソンの旦那さんの待つ新居に到着。
ドアをあけるとニャンコ総攻撃! 猫と普段触れ合うことがなかったから、よく生態を理解してなかったせいもあって、擦り寄ってくる猫達の抜け毛で黒い洋服が瞬時に真っ白になってしまった。黒い服を選んだのは失敗だったみたいだ。さすがにコロコロクリーナーもないし、このまま猫まみれになるステイを楽しむことにした。それさえ諦めてしまえば、寄ってたかって近づいてくるにゃんこたちは、もふもふとしていて柔らかく、とにかく癒し効果は抜群だった。私に懐いてくれて嬉しかった。
部屋の中でしばらく彼女の作品を見せてもらいながら過ごしていると、「近くでごはんを食べよう」という話になった。連れていってくれたのは、エスニック料理のお店。毎日ハンバーガーばかり食べていて、胃もたれ気味だったので、チキンフォーを注文した。
ヘルシーなフォーで胃も休まり、あとは家に帰って猫達と休息の時間を楽しむだけだったはずなのだけれど、まだまだ気を抜けないようだ。
なぜかというと、彼女たちの住まいがあるクラウン・ハイツは、ありとあらゆる犯罪が多発していて、クライムマップが真っ赤に塗り分けられるほど治安が悪いことで有名な地域。
日本でいうところの公団のような”プロジェクト”と呼ばれる集合住宅が軒を連ねる通りを抜ける必要があるため、工事現場でよく見かけるようなやたらと明るい照明車が何台も停まっていて、NYPDもうろうろ。そんな状況だったので本日はちょっと写真少なめ、携帯すらも出さないで足早に猫の待つ家へと帰ることにした。
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Yui Horiuchi
東京を拠点に活動するアーティスト。幼少期をワシントンD.C.で過ごし、現在は雑誌のイラストや大型作品まで幅広く手掛ける。2015年に発表した「FROM BEHIND」は代表作。自然の中にある女性の後ろ姿を水彩画で描いた。自然に存在する美や豊かな色彩を主題にする彼女の作品は海外でも評価されている。