Vol.2 見覚えがない街

Fillin The Gap

Vol.2 見覚えがない街

記憶を記号に残す旅

Contributed by Haruki Takakura

Trip / 2023.10.13

ギャップイヤーやバケーションといった人生のスキマ時間。何者でもない、この「スキマ期間」に経験した旅をHaruki Takakuraさんが綴る連載『Fillin The Gap』。


記憶を記号に残す旅(タイ編)

今回のタイ渡航は約3年半ぶりとなる東南アジアの旅だった。思えば、一から自分たちで計画して海外に渡航したのも東南アジアのフィリピンで、そこで旅に対する価値観のベースが記憶されたといっても過言ではない。

当時、東南アジアと聞いて思い浮かんだのは、年中温暖でジトっとした気候や物価が低く治安がよくない地域という印象だった。そして最初に訪れたフィリピンという国はその印象がまさに当てはまる場所だった。当然フィリピンの中でも地域によっては異なる。だが、少し歩けば多量の汗がビタっと肌に吸い付き、2、30円で売られる飲み物は透明のビニール袋に入った炭酸が抜けきったコーラやぬる水で、家に帰って鼻を噛めばたちまちティッシュは真っ黒な鼻水に毒される。こんな場所では暮らしていけない。それが第一にぼくの心に刻まれたフィリピンという国の印象だった。

だがそんなイメージは、旅慣れていない観光客一人にとってのちっぽけな印象でしかないことに案外早く気がついた。そしてそれは、同じ場所での一週間ほどの滞在を二年三年と積み重ねるうちにあっという間に塗り替えられた。

市場でサバイブする「ともだちプライス」という名のもとで人間味むき出しの商売を行う人たち。笑顔で容器に入りきらないほどのパンシットやレチョンをよそってくれる屋台の人たち。言葉が通じないことを理解していても話しかけることをやめず、屈託のない120%の笑顔を振りまく子どもたち。ひたすらに吠え追いかけてはくるが、必ずある程度の距離を保つ犬たち。

旅慣れていなかった当時のぼくにとっては驚きの連続だった。異国の風を浴び、異国の街を歩き、異国のメシを食べてきた人たちは、こんなにも自分と異なる価値観を、そしてときには同じ価値観を持っているものなんだ。そう思うと、最初に抱いた少しネガティヴだった印象も楽しい異国感へと変化を遂げていく。

あげく、水しか出ないシャワーは快感へと変わり、トイレを流すために必要な最低限の水の量も把握していた(トイレは貯蔵した雨水で流す)。

そして旅に慣れはじめ、異国間を楽しめるようになると同時に、ある種の第六感なるものが少しずつ芽生えてくる。それはこの裏路地に入ると危ないだとか、この人はお門違いなプライスで物を売ろうとしているだとか、自身の経験をもとに脳が自然と生み出す「勘」のことなんだと思う。

だから、フィリピンや他の東南アジア諸国、縦横断したアメリカも含めて、旅の経験値を重ねるごとに第六感に磨きがかかっていく。そうすると、リラックスしていい場所もわかるし、注意を配らなくちゃいけない場所もある程度わかるようになる。

そして、これまでにぼくが経験してきた旅の中には「注意を配らなくちゃいけない場所」がほぼ100%存在していた。だが、今回タイで過ごした日々の中にそういった場所や瞬間は一切なかった。最初はひさびさの旅で第六感が大きく鈍っているのだろうかと疑った。


(バンコク・スワンナプーム国際空港)



(空港から出ている電車「エアポート・レール・リンク」の車窓より)






だが結局、最後まで危ない雰囲気にもならず、実際に危険なことも起こらなかった。唯一挙げるとすれば、屋台飯が想定以上に辛く腹を壊したことくらいだろうか。あれが陰謀であれば非常に危険である。

建物・機能ともにとても立派なスワンナプーム空港に到着してからバンコクの街中までは電車で向かった。その車窓から見える景色はスラム街のようなトタン屋根が並ぶ箇所もあったが、大半は新興住宅街のような整備された地区だった。

もしかすると、その第一印象がまだまだ未熟な第六感センサーを大きく鈍らせたのかもしれない。

他にもタイが危険な空気を放っていないように感じた理由の一つに、王と女王様の存在がある。タイという国はキングダム、つまりは王が統制をとる国である。そして、大きな店構えを持つ企業やお店は王や女王の写真をそのオフィスやお店に飾るという伝統があるようだ。そんな偉大な人たちの前では悪さはしないだろうなんて、ぼくは勝手に安心していたのかもしれない。

あとは、タイ用に修正された第六感をまとい、笑顔がとても柔らかい人たちと美味しいご飯を囲んでいたら、そりゃそんな気を張る瞬間はあまりないだろうとも思う。多くのツーリストで溢れる道路もタイの安全さを表しているようだった。

変わりゆく東南アジアと発展に伴い不信感がなくなっていく街。そんな東南アジアに喜びを感じつつ、旅に対する価値観のベースを作ってくれたあの頃の東南アジアを懐かしむ自分がいた。



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