Greenfields I'm in love #34

最近のあれこれ

Contributed by Aya Ueno

Trip / 2021.04.16

直感を信じ、ドキドキするものに向かって走り続ける神戸出身の大学生、Aya Uenoさんの連載「Greenfields I'm in love」。自分探しも兼ねたロンドンでの留学生活で、自分の目で見て、肌で感じたありのままの日々の記録をお届けします。

#34

学校は毎日、なにかしらのプログラムがあって、土日は郊外への遠足や、ロンドンのどこかで行われるフェスやイベントのチケットが人気だ。ある朝、エレベーターを待ちながら、その週のプログラムを見ていたら、今週の日曜日の枠に夢みたいな文字がプリントされていた。
“Gelato Festival!”世界中で開催されるこのフェスティバルがロンドンにやってきたみたい!キングスクロスのセントマ前で開催されるらしい。その足で受付に行って、確か個人で買えば15ポンドくらいするチケットを、学校を通してるから5ポンドでゲットできた。



当日、わたしは1年前ハワイのマツモトシェイブドアイス(ノースショアに古くからある、日系人がはじめたかき氷屋さん)でゲットしたお気に入りのTシャツで分かりやすくアイス好きをアピールして会場に向かった。会場に着くや否や渡されたチェックリストには、26個ものアイス屋さんの名前が陳列している。え?! 全部食べるの? 嬉しくてたまらない。


マツモトシェイブドアイスのTシャツとアイス。




アイス屋さんに、きっと悪い人なんていない! この人面白かったなぁ。


ひとつひとつのポーションはこれくらい。

世界中のジェラートやさんのアイスを食べ尽くし、流石のわたしでもしばらくアイスは要らないかもと思った。でもジェラートは全部驚くくらい美味しいし、それをロンドン中のアイス好きと並んで食べられて本当に幸せだった。

そのあとはそこから徒歩15秒の川沿いで毎日やってる恒例の野外映画へ。その日はファミリー・ゲームが上映されていた。



野外映画って大好きだ。青空の下で、たくさんの人がそれぞれお家にいるみたいに寛ぎながら同じ映画を観ていて、時々ひとつになって拍手したりする。





8月、わたしは1つ上のクラスに上がって、アレというスイス人の友達ができた。容姿も中身も、かっこいいと可愛いがミックスした素敵な子だ。週末はアレに誘いをいただき、アレの友達や、またその友達の計6人でロンドン観光へ行った。年齢も国籍もバラバラな私たちは、共通してものすごいエネルギーと好奇心があってとにかく元気。わたし以外みんなは短期滞在ということもあり、今日はとにかくみっちり予定を詰めて、ロンドンを満喫し尽くす予定だ。
V&Aの目の前のイタリアンでランチした後、ハイドパークへいって自転車を借り、みんなで思いっきり漕いだ。何か面白いものがあるたびに止まり、また自転車に乗ってを繰り返す。


ハイドパークには白鳥がたくさん。


わたしのゲートよ!


途中で見つけた犬。靴下を履いてるみたい。


スペイン人のフェルナンドがいきなり胴上げをしだした。彼は闘牛士なんだ!

グリーンパークを通って気付いたらもうWestminsterだ。こっちに来てから、こんなふうにしっかり観光したことはなかったかも。普段目的地へ向かうために何気なく歩いたり、遅刻しそうになって駆けていた街並み。こんなにも綺麗で、いろんな歴史が刻まれていることを、こうして足を止めるまで忘れていた。


変わった木を見つけた。


気づいたことといえば、もうひとつ。8月になって、3歳と6歳の女の子から大事なことを教わった。彼女たちは、わたしが毎週水曜日に3時間、ベビーシッターをしている子供たち。

子どもって、キラキラしていて、純粋で、小さくて、温かい。子供が大好きなわたしは、「子どもの相手なんて楽しくて、簡単だ!」なんて思っていた。
そうして実際やってみると、それは全く簡単ではなかった。
小さな体にはエネルギーと好奇心が詰まっていて、「あれやりたい!これやりたい!」と、とにかく全力で駆け回る。
“嬉しい”や”楽しい”という感情をとびきりの笑顔で見せてくれるから、わたしまですっごく嬉しくなった。帰り際はいつも、「帰らないで!」と体にくっついて離れないのも、可愛くて堪らない。でもまた、癒されるのと同じくらい、まっすぐな子供たちの言葉に傷つくこともたくさん。そう、子供たちの感情の起伏って秒刻みで、大好き大好きと言われてほっこりして帰っても、次の週は何をしても大泣きして、わたしを跳ね除け、全く受け付けてくれない、なんてことはザラだ(そんな日はやっぱり寂しくて心がへとへとになる)。
子供たちと毎週たった3時間だけど全力で向き合ううちにわかったことがあった。わたしが彼女たちに好かれたい一心で必死に機嫌をとったり、腫れ物に触るように優しく接する態度は全く無意味だということ。子供たちは大人顔負けの敏感さと繊細さを兼ね備えていて、そんな優しさは嘘モノだとわかるからだと思う。もう、馬鹿みたいに気を使うのも、傷ついて泣きそうになっても大人らしい態度を見せ続けるのも、、誤魔化すのもやめた。代わりに胸の内を見せて、遠慮したり無理したりせず、わたしのありのままであるようにしたのだ。そして、大好きな大好きな二人に、たくさんたくさん愛情を表現した。
そしたら、ベビーシッターをはじめてから何ヶ月もかかって、二人と安定した信頼関係が築けるようになった。ベビーシッターを超えて、妹ができたみたいに、仲良しで私たちだけの空気が生まれた。

わたしが思っていた通り、いや思っていた以上に、子供はやっぱりキラキラしていて、そして小さくて純粋で可愛くてあたたかい。でも、それだけではなく彼女たちは、本質を見極める力や色んな感情や愛を知っていて、心を隠さずありのままでいる大切さを改めて教えてくれた。


トイレへ行っていたら、ドア(鍵をかけないと必ず開けられる)の下の隙間から、小さな手で押し込まれて私の元に届いた手紙たち。



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