HIKER TRASH

ーCDTアメリカ徒歩縦断記ー #8 後編

Contributed by Ryosuke Kawato

Trip / 2018.12.14

この世界には『ロング・ディスタンス・ハイキング』と呼ばれる、不思議な旅をする人種がいる。イラストレーターの河戸良佑氏も『その人種』のひとりだ。ロング・ディスタンス・ハイキングとは、その名の通りLong Distance(長距離)をHiking(山歩き)する事。アメリカには3つの有名なロング・ディスタンス・トレイルがある。ひとつは、東海岸の14州にまたがる3,500kmのアパラチアン・トレイル(AT)。もうひとつは西海岸を縦断する4,200kmのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。そして、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)。

CDTはアメリカのモンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州、ニューメキシコ州を縦断する全長5,000kmのトレイルで、メキシコ国境からカナダ国境まで続いている。
この連載は、そんな無謀とも思える壮大なトレイルを旅した河戸氏の奇想天外な旅の記録だ。



コロラド州のトレイル

ワイオミング州からコロラド州に入り、すぐにトレイルの様子は変わり始めた。標高が高くなり、森の中のトレイルから、今度は山の稜線をつなぐトレイルになっていった。

山の稜線のスケッチ

コロラド州のトレイルは3500m付近を歩くことが多いので、周囲に遮蔽物が少なく、とても視界が広い。標高が上がるにつれて背の低い草原が広がり、さらに高くなると岩が積み重なったトレイルになる。

そこを静かに歩いていると、この世で僕だけがこの場所に放り出された様な不思議な気持ちになることが度々あった。



コロラド州の山脈を僕は黙々と歩いていた。

朝起きるとテントを撤収して、チョコバーを食べながら歩き始める。昼頃になるとフリスビーを皿にしてチーズとツナでトルティーヤを作り、日暮れ前までに平らな場所でテントを設営して、パスタかライスを食べて寝た。

このルーティンを黙々とこなす様になっていた。

コロラド州の山のイラスト

ある時ふと、最近ハイカーと全く出会って無いという事に気がついた。一体いつからなのだろうか、と考える。
最後にハイカーにあったのは、ワイオミング州とコロラド州の境だったので、なんと2週間も僕はトレイル上でも街でもハイカーに出会っていない。

みんな一体どこにいるのだろうか。僕は立ち止まって、辺りを見回す。遠くで鹿の群れがこちらを警戒しながら見つめている。もちろんハイカーはいない。

突然、心の中に寂しさの芽が生まれると、それは一瞬で身体中を支配して、僕は猛烈に孤独にさいなまれた。

しばらく、その場に立ち尽くしていたが、遠くに見えていたはずの雲が次第に頭上を覆い、ついには冷たい雨を落とし始めたので、僕は慌ててレインウェアを被り、急いで歩き始めた。

その後も僕は黙々と歩き続け、日々のノルマの様に順調に距離を稼ぎ続けた。


リードビルの街でさえ標高が3094メートルある

僕が観光の街リードビルにたどり着いたのは9月18日だった。9月中旬を過ぎても、まだ暖かい気候が続いてた。

僕はこの街でも、スーパーマーケットで食糧だけを買って通り抜ける予定だった。地図を見ながら向かうと、すぐに見慣れたチェーン店の看板が現れた。

スーパーマーケットはどこも同じ様な内装で、同じ様な品揃えなので、何を買うか悩む事はない。ただ、いつも食べているものを日数分、カゴに放り込むだけだ。一通り終わると、本日の昼食用のフライドチキンとコカコーラを追加し、レジで会計をする。

サッポロ一番は珍しいので、迷わず買う。

ビニール袋2つにぱんぱんに詰めれられた食糧を持って、外のテーブルへ移動する。袋の中のものをテーブル上に広げると、パッケージから中身を出して食糧袋に放り込む。全てが詰め終わると、僕は満足してフライドチキンに手を伸ばした。フライドチキンを頬張り、コーラを飲んでゲップをする。そして、あたりを見渡した。

やはりこの街でもハイカーは見当たらない。

「ねぇ、そこの君!」

当然声をかけれられて、驚く。そこに居たのは、70代くらいの白人男性だった。

「どうかしましたか?」

「ちょっと、犬をみといてくれよ」

彼の足元を見ると子犬がちょろちょろと走っている。

「すみません、どういう意味ですか?」

「ちょっとだけでいいんだよ」

彼はそういうと僕の座っている椅子にリードをくくりつけて、あっと言う間にスーパーマーケットに入っていってしまった。何か緊急の用事でもあったのだろうか? 黒くて少しずんぐりとした子犬は、大人しくその場に座っている。しばらくしても老人は帰ってこない。しかし、子犬を見ながらフライドチキンを食べていると、少し楽しい気分になってきた。これはこれで悪くない。

名前も知らない子犬

「まぁ可愛い子犬だわね。なんていう名前なの?」
「それがですね。分からないんですよ。だってこの子、僕の犬じゃないんですから」

こんなやり取りをもう何回しただろうか。犬を連れているだけで、こんなにも人に話しかけられるとは知らなかった。中には怪訝そうな顔をする人もいれば、大笑いしてくれる人もいた。どちらにせよ、僕にとっては久しぶりの人との触れ合いだ。

「あんた、何で犬なんか連れてるのよ?」

これは僕の知っている声だ! その先にはハイカー仲間のマグパイとジョーカーがいた。2人の手には食糧が詰まった袋がある。

スーパーの前で再会したマグパイとジョーカー

「まあ、そんな事どうでもいいじゃないか。久しぶりの再会だし、こっちに座れよ!」

僕は笑いながら言った。彼らは「お前変なやつだな」そう笑って、僕の横に腰を下ろした。

コロラド州のトレイルのイラスト


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