HIKER TRASH

ーCDTアメリカ徒歩縦断記ー #9

Contributed by Ryosuke Kawato

Trip / 2019.01.23

この世界には『ロング・ディスタンス・ハイキング』と呼ばれる、不思議な旅をする人種がいる。イラストレーターの河戸良佑氏も『その人種』のひとりだ。ロング・ディスタンス・ハイキングとは、その名の通りLong Distance(長距離)をHiking(山歩き)する事。アメリカには3つの有名なロング・ディスタンス・トレイルがある。ひとつは、東海岸の14州にまたがる3,500kmのアパラチアン・トレイル(AT)。もうひとつは西海岸を縦断する4,200kmのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。そして、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)。

CDTはアメリカのモンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州、コロラド州、ニューメキシコ州を縦断する全長5,000kmのトレイルで、メキシコ国境からカナダ国境まで続いている。
この連載は、そんな無謀とも思える壮大なトレイルを旅した河戸氏の奇想天外な旅の記録だ。


黄葉したコロラドの森

街から然程離れていないトレイルの脇に、平地を見つけるとそこにバックパックを地面に下ろす。コロラドの天気は晴天で、柔らかい日差しが美しい黄色の葉を透して、キラキラと揺れている。大きく息を吸い込むと、冷たく澄んだ空気で鼻が少し痺れた。


コロラドの景色のスケッチ

今朝、僕は数日ぶりにトレイルから街に降りると、足早にスーパーマーケットで5日分の食料補給を済ませ、マクドナルドでチーズバーガー2つ、ホットチキンバーガー2つ、フライドポテトLサイズ、ナゲットを食べ、そして5杯のコーラを飲み終えると、そのまま街からトレイルへ戻った。

コロラドのリゾート地

コロラド州のどの街もアウトドアリゾートの要素が強い。モンタナ州、ワイオミング州の今まで通ってきた田舎町と比べると物価が高く、そして観光客が多いので、汚れてホームレスのような見た目の僕には居心地が悪かった。

「それならば」と、この日はこの街で宿泊せずに、心休まるトレイル上で自分だけの快適空間を作ってみようと思ったのだ。今日一日、怠惰な時間を過ごすのだから、快適な場所を見つけなければならかったが、その適地は歩いて2時間程で簡単に見つかった。

トレイルから少し外れた場所に、それはあった。ひとりでテントを張るに程よい広さの平地で、周囲は木に囲まれているのでプライバシーも守れそうだ。

すぐにマイハウスの建築に取り掛かる。地面の大きな石や枝を取り除き、大まかな設置場所を決めると、バックパックからテントを引っ張り出して広げる。ある程度テンションが加わるように、6本のペグを打ち込み、今度は内部から一本のトレッキングポールを突き立てた。そして、ガイドラインを絞ってテンションを強めると、綺麗に三角型の床なし一軒家が出来上がった。日々慣れた作業なので4分程の作業だ。

快適なマイハウス

地面に断熱と防水効果のあるタイベックシートを敷き、その上にエアマットと寝袋を置いて、寝床もすぐに完成した。出来栄えを確認しながら、周囲をくるりと一周して満足すると、尿意を感じたので林の奥で用を足す。

テントに戻り、エアマットに座って外を眺めた。今日はここから見える景色全てが僕の庭だ。ロング・ディスタンス・ハイカーは、全く歩かない日の事を『ゼロデイ』もしくは単純に『ゼロ』と言うのだが、このゆっくりと時間が流れる休息日を僕はいつも不思議に感じていた。

コロラドの山脈はとても美しくて刺激的

日々のハイキングは自由に満ちていて、それでいて刺激的だ。素敵な日々の連続だが、一方で肉体的にはもちろんのこと、精神的にも疲弊していく。精神が疲れきってしまうと、今まで心を躍らせてくれた物達が輝きを失い始め、そして暗い気持ちに襲われて何もやる気がなくなってしまう。それを防ぐためにも、ゼロデイはとても大切だった。たった1日だが、この瞬間の精神の回復速度は凄まじく、世界が次第に鮮やかな色を取り戻す。

この感覚は、都市での生活で味わったことのないものだった。



スーパーマーケットで購入していたスナックを取り出すと、袋を開き、汚い手でそのまま掴んで頬張る。久しぶりにスナック菓子を食べたが、マクドナルドであれほどジャンクフード食べた後では、あまり新鮮味はない。

再びテントの外を眺めると、そこには木々が黄色い葉を揺らしながら、ゆっくりと踊っていた。「ギャッギャッ」と鳴き声したので、そちらを見ると、すぐ横の木にリスがこちらをじっと見つめていた。どうやらこの隣人は僕のスナックを狙っているようだ。ボリボリとスナックを頬張る度に「スナックをくれ!」とリスが鳴く。その様子が可愛らしくて、自然と笑みが浮かぶ。

ズル賢そうな隣人のイラスト

そうしている間に、僕の気持ちはもう回復していることに気がついた。
「これでまた明日も楽しく歩けるな」
そう思うと、幸せな気持ちになった。

山には徐々に雪が積もり始めていた


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