HIKER TRASH

ーCDTアメリカ徒歩縦断記ー #11

Contributed by Ryosuke Kawato

Trip / 2019.05.22

この世界には『ロング・ディスタンス・ハイキング』と呼ばれる、不思議な旅をする人種がいる。イラストレーターの河戸良佑氏も『その人種』のひとりだ。ロング・ディスタンス・ハイキングとは、その名の通りLong Distance(長距離)をHiking(山歩き)する事。アメリカには3つの有名なロング・ディスタンス・トレイルがある。ひとつは、東海岸の14州にまたがる3,500kmのアパラチアン・トレイル(AT)。もうひとつは西海岸を縦断する4,200kmのパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)。そして、コンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)。

CDTはアメリカのモンタナ州、アイダホ州、ワイオミング州、コロラド州、ニューメキシコ州を縦断する全長5,000kmのトレイルで、メキシコ国境からカナダ国境まで続いている。この連載は、そんな無謀とも思える壮大なトレイルを旅した河戸氏の奇想天外な旅の記録だ。




ニューメキシコの肌を焼くような強い日差しが降り注いでいる。それとは逆に川の渡渉でぐっしょりと濡れたシューズとパンツが僕の下半身を冷やしていた。


*平坦なニューメキシコ州のトレイル

コロラド州の雪山を越えて、僕はコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)最後の州ニューメキシコに到達していた。4000mを越える稜線をハイキングするコロラド州と一変して、標高が低く起伏が少ないトレイルに様変わりしていた。


*高く聳える岩壁のスケッチ

そして、現在歩いているヒーラ・リバーは高く聳える褐色の渓谷を歩くセクションで、100回以上の川の渡渉があると言われている。実際に僕の脚は常に冷たく濡れて乾くことはなかった。

*傷だらけになった脚

その上、このセクションはトレイルが消失している事が多く、木々をかき分けて歩き続けた脚は傷だらけだ。

あと少しで正午を迎える頃、どこか休憩に良い場所はないかと渡渉をしながら探していた時、僕は突如開けた河原に出た。
そこには、ここ一週間ほど頻繁に顔を合わせるようになったCDTハイカーのバックトラックが立っていて、彼は何か大きなものを地面に突き刺していた。
僕には彼が何をやっているのか検討がつかず、困惑しながらゆっくりと近づく。すぐ後ろまで接近して、やっと彼が持ち手が折れている大きなシャベルで川の中の土を掻き出しているのが分かった。


*川辺にふらりと立っているバックトラック

かつてネイティブ・インディアンの居住地でもあったこの場所で、一心不乱に掘り続ける彼の姿は、何か心霊的なものにでも取り憑かれたようで、僕は恐怖を覚える。

しばらく、じっと見ていたがこちらに気づく気配が一向になく、僕は痺れを切らして声をかけた。

「ヘイ! バックトラック! お前何してるんだ?」

彼は手を止め、ゆっくりと振り返ると、額の汗を汚れたシャツの裾で拭って、ニッコリと笑った。

「ヘイ、スケッチ。 こっちに来て、手伝ってくれよ。」

そう言うと、彼はシャベルを地面に放り投げる。ゴォンと重く鈍い音が響く。彼の足下には直径1.5mほどの浅いプールが出来ている。
プールからは湯気が立ち上がっていた。そう、彼は温泉を作っていたのだ。

「温泉か……ところでこのシャベルは?」

「どういうわけか、ここに置いてあったんだ。でも、穴は掘ってなかった。変だよな。」

「それで、穴を掘るお前も変だよ」と思ったが、それは口に出さすのはやめる。なぜなら、すでに僕はこの温泉に入ってみたくて仕方なっていたからだ。

「ちなみにどのくらいの時間、この作業してたんだよ?」
「7時からだ」
「なんだって! 5時間もしてるか? でも、そんなに時間をかけても、これだけしか掘れなかったのか?」
「ヘイ、スケッチ。この手前側の水に足をつけてみろよ。」
僕は言われるままに、靴を脱いで足を入れてみる。すると、あまりの熱さに驚いて、後ろに飛び退く。
「なんだこれ! めちゃくちゃ熱いじゃないか!」
「だろ? だから、俺は川の中央から冷水をひいて、温度を調節してたんだ。 こっち側に入ってみろよ。」
今度は奥側に恐る恐る足をつけてみる。なんと、こちらはちょうど良い湯加減だ。そして、その冷水の流れ入る箇所を見てみると、丁寧に石を並べて水路が作られていて、その長さは4m程もある。


*バックトラックが作った長い水路

彼のこの熱意はどこからくるのだろうか。僕はこの狂人に少しばかりの恐怖を抱き、そして大きな賞賛を抱きながら、作業を引き継いだ。

30分ほど黙々と掘っていたが、岩が多い地面は非常に掘りにくく、作業を始めた時と然程変わっていないように見える。朝から重労働を続けていたバックトラックは、少し離れたところでマリファナをふかしながらぐったりとしている。

*渓谷のスケッチ

ガサガサと背後から物音がしたので、振り返ると茂みの中から、こちらも最近よくハイキングを共にするラダーダイとディーゼルが現れた。

彼らは僕がバックトラックを見つけた時のように怪訝な眼差しをこちらに向けていて、僕はこれまでの顛末を彼らに説明しなければならなかった。

そして、彼らも作業に加わったが、結局のところ満足出来る深さまで掘る事ができない。
「もう、これでいいんじゃないか?」というラダーダイの一言で、僕らの作業は終わった。

*浅い湯船に浸かるハイカー

腰の深さほどしか無い温泉に浸かったが、猛烈な日差しを浴びながら、尻が焼けるような地面に座り続けるは、まさに拷問のようだ。
しかし、4人ともこれまでの作業が無駄だったと認めたくないので、じっと耐えている。

「そういえば、この先にネイティブアメリカンの居住地跡があるらしいぞ」
バックトラックがそう言うと「むしろ、そっちに行くべきだ。」「そうだな。」「そうするべきだ。」と僕らは急いで、移動する準備を始める。


*再び川を渡って移動し始める

「でも、実はトレイルから少し外れてるけどね。」
バックトラックがヘラヘラしながら言ったのを聞いて、僕は「もうどうにでもしてくれ、今日は君に付き合うよ」そう返事をするしかなかった。
しかし、どこか心は軽く、渡渉の冷たい水も心地良く感じた。

*居住地跡を見つけて岩に登り始めるバックトラック


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