What is New New Thailand? #3
About Skateboard
Text:Taku Takemura
Photo:Mina Soma
Trip / 2020.04.08
かつて多くのバックパッカーたちを魅了していたタイは、私たちの想像以上に面白いカルチャーが溢れている。そんなタイの”新しい”魅力を、全5回の連載でお届けします。
#3
僕がスケートボードを始めたのは、たしか中学1年生の時だったかな? 当時はまだスケートボードをやっている人はとても少なかったし、スケートボードひとつ手にするのもひと苦労だった。近所のオモチャ屋とかスポーツ用品店で売っているような物ではなく、アメリカから来た本物のスケートボード。そもそもそれがどんなもので、どれが良いのか? それすら手探りだった。
当時BMXに乗っていた友だちとアメリカのBMXの雑誌に載っていたスケートボードの広告を見ながら、指をくわえていたのを覚えている。板、ウィール、トラック、ベアリング、グリップテープ、当時はスペーサーやらリブボーンと呼ばれるパーツも。それぞれのブランドの中から選んで組み合わせて1台のスケートボードとして組み立てる。すべてが夢の国アメリカからやってきたパーツを組み合わせて作るスケートボードは本当に憧れだったし、中学生の僕にはとても高価なものだった。やっと手にしたスケートボード。それから毎日のように滑るようになる。一緒に始めた友たちとスケートボードを通してさまざまなことを学んだ。
アメリカから輸入されたスケートボードの雑誌やビデオをまねして自分たちで滑っているところの写真やビデオを撮影しあったり、ビデオで流れる音楽を聴いたり、スケートボードの板に描かれた絵をまねして描いたり。スケートボードを通して育ってきた人たちは、どこへ行ってもみんな感覚が似ていると思う。すぐに友達になれるし、言葉がわからなくても心は通じ合う。それはタイでも例外ではなかった。
どこを訪れてもその街のスケートボード屋を訪れるのが好き。2005年に初めてバンコクを訪れたときも、まずは地元のスケートボード屋をすぐに調べた。「Preduce」というスケートボード屋がサイアムスクエアにあると知り、訪れてみることに。サイアムスクエアとはバンコクの中心にあり、若者たちが集まるファッション街。その中にあるショップはとてもクリーンで、まるでアパレルショップのような店構えだった。店内にはアメリカのスケートデッキの他にもオリジナルのデッキやTシャツ、そしてスケートビデオまで制作していることにとても驚いた。なにか記念に買い物がしたかった僕はそのビデオを買った。初めて見るタイのスケートシーン。そのビデオに収められた「Preduce」に所属しているライダーたちがほこりっぽく、荒い路面を楽しそうに滑っている姿がとても印象的だった。それからバンコクを訪れるたびに「Preduce」を訪れるのが楽しみになる。
しばらくして、ブランドのオーナーであるスイス人のサイモンと出会う。実際彼と出会う前からスイス人の青年がオーナーだということは知っていた。正直言うとオーナーがタイ人ではないということに少しだけ複雑な気持ちでいた。しかし、サイモンと出会い彼がどうしてバンコクにたどり着いたのか? ブランドの生い立ちを聞いているうちに、これだけ盛り上がっているタイのスケートシーンには欠かせないブランドだし、サイモンがタイのライダーやブランドに関わる人たちとやってきたことを知ると「Preduce」はタイを代表するスケートブランドだとはっきり言える。
日本やアメリカと比べれば、タイはスケートするには路面のコンディションは良くないし、昼間はとにかく熱くて滑れない。チェンマイはスケートシーンも小さいし、この街にはパブリックなスケートパークがない。友だちからスケーターがやっているカフェがあることを教えてもらった。オーナーのトトという猫好きな青年が彼女と二人でオープンさせた「Wakebake Skate Cafe」。店内の壁には雑誌から切り取ったスケート写真が張り巡らされていて、店の一角ではデッキやTシャツの販売もしている。
僕が本を作っていることを知ると、彼もチェンマイの街をスケーター目線で紹介したフリーペーパー「View Magazine」を作っていることを話してくれた。渡されたそのフリーペーパーの作りはもちろんだし、なによりトトのスケートとチェンマイの街に対する愛情がたっぷりと伝わってくる。撮影、執筆、デザイン、営業、フリーペーパーの配布すべてを一人でこなしているということにもびっくり。スケートパークがひとつもないチェンマイに、それを応援してくれている街の議員と一緒にスケートパークの建設を呼びかけ活動している。明日バンコクへ戻ることを伝えるとバンコクの郊外にスケートの板を作っている二人組がいることを教えてくれた。連絡を取ってくれて彼らの作業場を訪れることになった。
バンコクの中心地からタクシーで40分くらいだったかな。ドンムアン空港の近くの住宅街でデッキを作る工場「MIT Skateabord」を立ち上げたジョディーとサン。”MIT”はMade in Thailand の略。二人の出会いはもちろんスケートだったという。スケートブランドではなくスケートボードの板を作ることに興味があると話す二人。これだけスケートシーンが盛り上がっているのにタイにはスケートボードを作る人たちがいないことを知ったという。
スケートの板は何枚もの薄いベニア板のり付けして、プレス機で圧着した合板で作る。強度や滑りやすさ、製品としてのクオリティを出すのは簡単ではない。材料となるベニアはもちろん、板を貼り合わせるボンド選び、圧着するプレス機、そしてプレスした板をスケート板のカタチに切ったり、削ったり。そしてできた板にデザインをプリントするところまで。まったくの未経験だった二人が試行錯誤を重ね、自信を持ってやっと世の中に出せるようになるのにたくさんの時間と努力をつぎこんだ。それまでやってきた仕事を辞めてまでスケートボード作りをするという並々ならぬ情熱が伝わってくる。誰かに指示されて働くのではなく、自分たちで本当にやりたいことがしたいからと話してくれた。スケートスポットで自分たちが作ったスケートボードに乗って、楽しそうに遊ぶ子どもたちを見るのがうれしいと話す二人。
どんなことだってまずは自分でやってみよう、という気持ちとその行動力がスケーターらしくて好きだ。僕が住む東京から遠く離れた場所でもそういう感覚を持った人たちとこうして出会えることもうれしいし、なにより彼らのストーリーを分かち合えることがとても楽しいのだ。
次回は、次回はタイの音楽について紹介したい。
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NEW NEW THAILAND 僕が好きなタイランド
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協力:タイ国政府観光庁 公式サイトAmazing Thailand
https://www.thailandtravel.or.jp
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Taku Takemura
東京都出身。中学生でスケートボードに出会う。アメリカのカルチャーに憧れ、21歳で渡米。ロスアンゼルスでカルチャー誌、ファッション誌、広告などのコーディネーターとして活動する。帰国後ライター、編集者として、数々のカルチャー誌で執筆、広告制作に携わる。アート展などのキュレーターとしても活動。著書に進化する今のタイカルチャーを新しい視点から紹介する『New New Thailand 僕が好きなタイランド(トゥーバージンズ)』、『ア・ウェイ・オブ・ライフ~28人のクリエイタージャーナル(P-vine BOOKS)』がある。