HIKER TRASH

ーCDTアメリカ徒歩縦断記ー #7 前編

Contributed by Ryosuke Kawato

Trip / 2018.10.18

2017年8月21日、僕は険しいウインド・リバー・レンジを歩き終えて、足早に次の補給地の街、ワイオミング州ランダーへ向かっていた。
この1週間ずっと山中のトレイルにいたので、街にあるもの全てが強烈に恋しく感じる。もうすぐありつけるであろうハンバーグ、コカコーラ、クラフトビール、そして暖かいシャワーに想いを馳せながら進む。

靴はすでにボロボロに……

ふと、刺すような日差しが少し和らいだ気がした。空を見上げるが雲ひとつない。どうしたのだろうか? そう思っているうちに、周囲がゆっくりと薄暗くなり始める。
時計の針は午前11時を少し回った頃。もちろん、日が暮れるには早すぎる。不思議に感じている間にも、ゆっくりと暗くなり続け、ギャアギャアと鳥達が騒ぎ始めた。

皆既日食だ。

僕はバックパックを地面に置き、スケッチブックを取り出す。ページをパラパラとめくると、ヒラリと紙のサングラスが地面に落ちた。

専用サングラスを着用し、皆既日食を見る。

先週、カフェで会計をする際、店員に皆既日食がこのワイオミング州で見ることができる、と教えられた。さほど興味が湧かなかったので、聞き流して立ち去ろうとしたが、興奮気味の彼女は専用サングラスをほぼ強引に購入させたのだった。

まさか、その皆既日食が今日だったとは。

気温が下がり始め、冷たい空気が肌を撫でる。
サングラスを通して見える太陽は、新鮮な卵の黄身のようだ。太陽の横から月の黒い影が流れ込み、やがて中心に来ると光の輪ができた。
僕は食料袋の底で粉々になったクッキーを取り出し、食べながらその光景をぼんやりと眺める。
とても貴重な光景を前にしても、僕の中で特に何の感動も起こらない事に驚いていた。考えていることは街で食べたいものと、この先のセクションのことだ。
僕はトレイルに関する事以外は、あまり関心が持てなくなってきているのだろうか? もしそうならば、少し悲しい気がする。

皆既日食後すぐに出会った夫婦

ハイウェイに出てヒッチハイクを開始する。しかし、クルマの往来は少なく、たまにやって来るクルマはことごとくワイオミング州外のナンバーだ。基本的にローカルの人でないとヒッチハイカーを拾わない。なかなか厳しい状態だがコンチネンタル・ディバイド・トレイル(CDT)では、毎度の事なので、もう慣れていた。

2時間ほど経って、やっとクルマを停めてくれたのは、牧場で仕事を終え帰宅中の親切な老人だった。彼は僕にピックアップトラックの荷台に乗るように、そして、クーラーボックスの中の物は好きに食べてよいと伝える。クーラーボックスには、冷えたソーダ水と桃が入っていた。僕が遠慮なくソーダ水をガブガブと飲んでいるのを見ると、彼は嬉しそうに笑い、ボロボロのトラックを発進させた。エンジンはひどい肺炎患者のようにゴホゴホと咳をしながら、黒い空気を吐き出し、そしてガタガタと激しく振動する。万が一にも転落してしまわないように、僕はしっかりと荷台の縁をしっかりと掴む。

クルマは見渡す限り褐色の岩だらけの荒野をひた走る。本当にこの先に街があるのだろうか?

荷台で桃を齧りながら到着を待つ

後編に続く。(10月25日(木)公開予定)


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