Vol.3 値段交渉は正義か否か

Fillin The Gap

Vol.3 値段交渉は正義か否か

記憶を記号に残す旅

Contributed by Haruki Takakura

Trip / 2023.11.03

ギャップイヤーやバケーションといった人生のスキマ時間。何者でもない、この「スキマ期間」に経験した旅をHaruki Takakuraさんが綴る連載『Fillin The Gap』。


記憶を記号に残す旅(タイ編)

唐突だが、ぼくはどちらかというと濃いめの顔立ちをしている。よく似ていると言われるのは、俳優の満島真之介さん。父の昔の顔は、阿部寛さんに似ている。これだけでもなんとなく顔が濃いことはわかっていただけるだろうか。

どうやら、親の家系を辿れば九州型の家系だったりすることが関係しているらしい。そしてこの顔のおかげで東南アジアでは基本的に値切り戦争には勝利し続けてきている。だからこそ、タイでも通用するだろうという謎めいた自信を持って、ぼくはタイへと旅立った。

ところがおかしい。タイに到着してからというもの、値切りが全く成功しない。
「それじゃあ、高すぎるからもういいよ」と言うと
「そうかい、じゃあね。」と軽くあしらわれてしまう。

ぼくの脳内シミュレータでは
「わかったよ、負けた負けた。」という言葉が返ってくる想定だったのだが。話がおかしい。脳内シミュレータはただの「妄想」だったのかと自分を疑う。だがそれだけでは諦めきれず、脳内シミュレータが提案する他の方法も試し続けた。

1.やたらに安い値段を伝え、相手が最初に提案した値段との真ん中でフィニッシュする。
2.ローカルの言語で「もうちょっと安くしてよ〜」と伝え、目いっぱい愛嬌を振りまく。
3.これは力技だが、ひたすら粘り続ける。

1と2は時々成功したが、相手が提案した値段よりで落ち着くことがほとんどだった。とにかく、圧倒的に敗北率の高い戦いであった。

それもそのはず。
一人の客に断られようが、食べ物やタクシーを求めるツーリストたちはわんさか居る。それに比較的弱い立場の日本円と違ってユーロやドルを操る者たちは、ぼくたちほどケチではない。
そりゃあ、これまでのツーリストが少ない場所で積み上げてきた経験はミジンの役にも立たないわけである。ぼくが誇っていた濃い顔立ちは、ただの少し灼けたケチなツーリストと化していた。

そして旅の途中からは、これが正常なのかもしれないとも思うようになった。

たしかに値段交渉は必要なことであるし、ある種、旅先での醍醐味でもある。それでも去年のトルコ旅でタクシー運転手から感じた「自分と異なる価値観に生きる人へのストレス」を考えると、値切り交渉は必ずしも必要ではないのかもしれない。タクシー運転手のストレスとは、彼がもらう給料の数倍もの額を簡単に払う観光客に対して、運転手が感じているように見えたストレスのことだ。

今回の旅で特に印象的だった商人の一人に、水上の商人がいる。チャオプラヤ川を船で遊覧しながら水上マーケットで買い物ができる機会があった。すれ違いざまに手を振ると、商人のおっちゃんは進行方向をくるっと変えて、必死に木製のオールを漕いでぼくらの舟まで来てくれる。
徐々に近づいてくるおっちゃんの姿は、なんともチャーミングでまるで映画のワンシーンのようだった。その彼に値切りをするのはなんだか違うんじゃないかとその時に思った。たしかにモノの値段は高かったし、ビールやフルーツは決して綺麗とは言いがたかった。だが、彼が生きる世界にお邪魔する者として、モノのプライス以外にも支払うべきお金はあるのではなかろうかとも素直に思わされた。

商人のおっちゃんからは、ライチとマンゴスチン、それからレオというローカルビールをいただいた。特にマンゴスチンはなかなかの美味で、アロエのような食感にライチのようなさっぱりとした味が特徴的で、僕の大好物となった。やはり、マーケットで買ったもの以上に水上のおっちゃんからかったマンゴスチンは、美味しく感じる。何か魔法でもかけて、僕たちに手渡してくれているのじゃないかとも思えてくる。







いろいろな商人がローカルの地で外国人を相手にサバイヴし続けている。その環境を楽しむためには多少の寄付は必要なのかもしれない。イスタンブールのバザールと同様、ぼくはしっかり寄付をすることとなった。

その日の夕方のこと、ともに旅をしていた友人のそのまた友人のタイ人に「タクシーでこれくらい払ったんだけどどう思う?」と聞くと、「それはどう考えても高いよ!」と言われた。
「そっか〜」と思いながら晩ご飯を食べた帰り道、トゥクトゥクで値切りチャレンジをしてみると「わかったよ、負けた負けた」と当初の半額まで値段が下がった。

「なんなんだよ……」と言いたくなるこの葛藤。

嬉しい反面、複雑な心情である。

まだまだ旅の価値観は構築中なんだと気付かされた、帰り道。真夏のタイだけど、トゥクトゥクを吹き抜ける風がとてもヒンヤリとしているように感じた。



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