旅のおわり

Gloomy day All day #20

旅のおわり

Contributed by Aya Ueno

Trip / 2023.12.01

フォトグラファー/ライターの上野文さんが、過去のイギリス留学の様子を綴ったContainer WEB人気連載『Greenfields I'm in love』。全74回の連載を終え、今回からは2021年の冬に過ごしたロンドンでの2週間をお届けします。大好きなロンドンでの、小さな「きっかけ探し」の旅。

#20


1月4日。結局、わたしのロンドン紀行は予定より5日伸びて、16日目、ようやくヒースロー空港へ向かった。


グレイスと華子さんへ、置き手紙を残した。




行きと同じく、イギリスからトランジットでドバイへ。機内ではもちろん皆マスクをしているけど、ドバイ万博の影響でみっちり席が埋まっている。もしここにコロナの感染者がいたとしたら、10時間もいたらマスクしてたって移ってしまうだろうな。偉そうに言える分際ではないが、既にかかったわたしは、その点あまり心配しなくて良さそう……(笑)。

さて、指定された窓際の座席に座ると、その隣はめちゃくちゃやかましい子供だった。離陸前後、CAさんが2回もわたしを訪ねてきて、席を変えたいかと聞いたが、私はいずれも、「子供と親さえよかったら大丈夫」と答えた。だって、その小さな子供は確かにすごくうるさかったけど、ほんとにほんとに可愛かったから。

ドバイに着く頃には、その女の子は私に心を許してくれて、ミニーちゃんのカバンの中身を披露してきたり、自分の機内食を紹介してくれたりと、泣き喚くこともほとんどなくなった。小さな体で一生懸命何かを伝えてくれる彼女はやっぱりたまらなく可愛くて、私も彼女のその目をしっかりみながら、一生懸命に聞いた。

ドバイについて、彼女たちと自然と別れ、また1人になった。待ち時間は短く、すぐに次のフライトの搭乗時間。さっきと打って変わって機内はスカスカで、わたしの周りのシートは無人だった。
身支度をする時、わたしはとにかく手際が悪い。手荷物を棚に上げたりまた戻したりしながら、iPad、ノート、色鉛筆、ReFaなど、ここからまた長いフライトの暇つぶしグッズを整える。
一息ついたら、私の通路を挟んだ隣に、帽子姿に髭がもっじゃもじゃの人が座った。顔がほぼ見えないけど、なんだかすごく楽しそうなオーラがある。彼は私のように机にあれこれ並べず、ぱぱっと身支度をして棚に荷物をあげた。棚に手が触れる時、彼の膝が異常なくらいにぎゅーんって伸びた。きっとスポーツをしてるはずだ。スポーツ選手かもしれない。


機内では、007を観た。



行きしなにも観た、「世界一キライなあなたに」。



機内食にビリヤニが出た。これが、すごく美味しかった!


最後のフライト時間は、最後だからか、名残惜しいほど早く時間が過ぎた。ふと窓を開けたら空がとっても綺麗でしばらく見惚れた。真っ暗な機内に、わたしが開けた窓から眩しい光が差し込んでいた。あ! 隣のあの人が寝てるかも! と慌てて窓を閉めようとしたら、彼も席から首を伸ばして窓を覗き込んでいる。ごめんなさいと首をすくめると、大丈夫大丈夫と笑って、僕も見たかったからと口パクで言った。帽子をとって気がついたが、彼の頭はつるっぱげだった。顎にはマスクがその意味をなさないほど長い髭が生えているのに。ますます、おもしろそうな気配がする。

日本に着陸! 2週間と少しぶりの日本は、なんだかもっと久しぶりな感じがする。フライト中に我慢していた携帯を見たいけど、SIMを取り替えるピンがない。何か尖ったものがないかと思って探していたら、例の髭もじゃの男性が、CAさんからもらったクリップを貸してくれて、わたしたちはそこで初めてちょっとだけ話した。

飛行機を降りると、永遠と続く手続きの通路。長い通路に無数のブースが設置されていて、進みながら手続きを済ませていくのだが、なんせ手続きが多すぎてなかなか前に進めない。私と髭の人は暇を持て余して、待ちの時間のたびにぺちゃくちゃ話した。

彼はポニーさんと言った。スポーツ選手ではないけど、BMXに乗っているらしい。でも最近は乗ってないらしい。鎌倉出身で、今回は妹さん家族に会いにドバイに何週間も滞在していたらしい。妹の家に数日行って、あとは一人でいたらしい。社会不適合者だから、と繰り返す。でも、ドミトリーみたいなところで、大勢の色んな国の人たちと住んで、みんなで遊んでいたらしい。一人が好きなんだか、人といるのが好きなんだか。ドバイはすごく楽しかった! とそんな写真をたくさん見せてくれた。でも、もう暫く行かなくていいらしい。どっちやねん。彼はラインを持っておらず、連絡はインスタグラムとGmailが主要らしい。そんな人は、うちのばあばくらいだ。彼の話し方や仕草はとても優しく丁寧で、そして全部ちょっと変で楽しい。私たちはすぐに打ち解けた。仲良くなれそうな気がする。

入国手続きはまだかかる。私たちは、今後2週間の体調をアプリで報告する必要があるようだ。そのアプリにログインする時顔認証が必要で、ポニーさんのスマホは内側のカメラだけが機能しないので(不便すぎる)彼は脱落者のようにそこから先へなかなか進むことができなくなった。やがて姿は見えなくなって、ちゃんとご挨拶もできないままにお別れなってしまった。

入国してから、イギリスにいた私は7日間の隔離。ドバイはその指定国じゃないのでポニーさんは鎌倉へと帰った。不意に途切れた私たちのおしゃべりは、ホテルの隔離中もインスタのDMで再開した。そして今に至っては、何者でもない、彼はわたしの大好きな大事な大親友になった!

後から聞けば、ポニーさんはフライトの直前で座席を変更していて、コロナになって飛行機の便を変更した私と彼の出会いはまさに、奇跡だった。その後も、ポニーさんと一緒に、彼の親友であり『HIDDEN CHAMPION』という雑誌の編集長のマツさんの車に乗せてもらった時、車内に置いてあった最新号の誌面の中に、米粒ほどの私がたまたま載っていたり、妙なミラクルが幾度となく起こった。もしかしたら、飛行機で出会っていなくてもどこかで出会っていたかも知れないねと、私たちはよく話をするけど、こんな奇妙な出会い方をしていなかったら、こんなにも仲良くなれていなかったことは確かである。

何はともあれ、病気になったりして16日間に長引いた旅行だったけど、同時にたった16日間と思えないほど色んなことが起こった旅でもあった。(この連載も、20本にもなった!)

4年前とは、世間も自分もまた違った形となって渡ったロンドンと、その道中で、毎日のように起こった再会劇、また新しい出会い、無数のちっちゃな幸せ、そして不安、刺激……こんな物騒な時に1人でここに来たからこそ、得られたものだと心からそう思う。
それから、いつ帰れるかもわからない不安とか恐怖とか、助けてくれた人たちからの言葉や愛、そもそもそんな人のいる有り難みは……縁起でもない! と言われかねないが、やっぱり自分がコロナになったから気づけたものだ。ちょっと自信のある、サバイバル力や適応力も、さらにちょっと上がった気がする。
全て、私にはとてつもなく必要だった。旅は、こうして来てみなかったら決して感じられなかった気持ちを知ることができるから、だから私は旅がこれまでも、これからも大好きなんだ。


ポニーさんと飛行機からみた景色。


「Gloomy day All day」はこれでおしまい。最後まで読んでくれてありがとう。



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