The Route #6「anna magazine編集長の取材日記」

「俺はNHKに出たことがある」

anna magazine vol.11 "Back to Beach" editor's note

Contributed by Ryo Sudo

Trip / may.16.2018


「俺はNHKに出たことがある」


3/24。

旅もようやく中盤にさしかかってきた。まずは昨日通り過ぎた時に気になっていたロズウェルの街境のジャンクヤードに向かう。「ジャンクヤード」という言葉は、それだけでなんだかワクワクする。

知ったかぶりして道を間違う。疲れていると記憶はとても曖昧になるものだ。

ジャンクヤードは予約制だったので、残念だけど入れなかった。しかなく外を一周する。廃自動車がたくさんあった。フォードにトヨタ、今はもう生産されてない「インターナショナル」の車まで、広い敷地内はあらゆるクルマのジャンクで埋め尽くされていた。圧巻。けど、一体商売はどうやって成り立っているんだろう。



ロズウェルの街を散策する。

70年前のロズウェル事件以来、この街は時が止まっていた。街のあらゆる場所に有名な宇宙人グレイがいて「ガソリン入れていけば?」とか「ドーナツ食べたら?」とか「ローンを組んだら?」とか。



街中に置かれた木彫りのオブジェはどうやら同じアーティストの作品らしい。どのオブジェも少し情けない感じの両手の位置が特徴だ。

ロズウェル事件にアポロ計画、JFK暗殺事件。50〜70年代のアメリカには、ウソだとわかっているのに誰もが興味を惹かれてしまうようなストーリーがたくさん存在した。陰謀論とか、夢物語とか、その裏側にあるほんの少しの事実とか。フィクションとリアリティの境界が今よりずっと曖昧だった。

典型的なスーベニアショップの奥で、スタートレックに関する本を書いたというEJ Willsonという作家がサイン会を開いていた。もちろんお客さんは一人もいなかった。僕たちを見かけると「俺はNHKに出たことがある」と自慢してきた。返答に困る。誰もこないサイン会場で、ひとりもぐもぐとハンバーガーを食べている彼の姿がとても印象的だった。



「UFO MUSEUM」という街のランドマーク的な博物館はとても面白かった。手術台に載せられた実物大の宇宙人だとか、墜落地点のジオラマ、過去の新聞記事のコピーなどが「じゃあそこらへんに」という感じで雑に展示されている。

センス度外視の大づくりなみやげモノに目のない僕は、博物館内のスーベニアショップでいくつかのみやげモノを購入して大満足だった。



街外れのスケートパークへ向かう。

名前もないような、本当に小さなスケートパーク。子供の頃に遊んでいた近所の公園のような雰囲気だ。そういえば、子供の頃ってこんな感じの小さな公園のことを「遊園地」って呼んでいたっけ。

同行したカメラマンとエディターは、もう待ち切れない、という感じでそそくさとドロップイン。こういう小さな地方のスケートパークは楽しいらしい。設計が雑で、パークごとにいろいろなクセがあって面白いのだという。



5歳くらいの子供が小さな自転車で滑っていた。小さなトリックが成功するたび、「どう?」という感じで僕たちの方を見る。

僕もボードを借りて滑ってみる。カメラマンはサーフィンと同じような動きだというけれど、アップス&ダウンの要領でやってみても、どうもうまくいかない。動きは同じでも、足元はコンクリート、「転んだら痛い」と思うと怖くてチャレンジできない。あっけなくゴロゴロと転倒して、終了。それでも、とても楽しかった。ほんの少しだけだけど、スケーターの仲間になった気分。

スケーター同士というのは、どんなに下手でもチャレンジしている仲間を絶対に悪く言わない。「絶対できる!」とポジティブな声をかけ続けてくれる。もちろん僕にも。だからスケーターの仲間同士は絆が強くなる。

ランチはWhat-A-Burger。

エディターがめずらしくコーラをこぼし、カメラマンがずぶ濡れに。ビショビショになりながら、ものすごい反射神経でカメラだけは死守したカメラマン。やっぱりプロだ。どれだけ別のこと考えていたとしても、いつだって大切なカメラに注意を向けてる。だからシャッターチャンスも絶対に逃さないんだなと思った。



午後からはタオスに向かう予定だったけれど、旅程を短縮するためにアルバカーキへと向かうことに。200キロ以上の直線を走る。

ロードトリップをスタートしたばかりの時はあれほど魅力的だった長くてまっすぐな道は、今はもう眠気をさそうだけの退屈な景色に変わっていた。ぼんやり窓の外を眺めていたら、テキサスとニューメキシコでは、同じ砂漠でもあきらかに植生が違うことに気付いた。

「トレインホッパー」の話を聞く。アメリカを車で走っていると、驚くほど長い貨物列車をよく見かける。そうした列車から列車へと飛び乗りながら、あちこち旅をして回る「トレインホッパー」と呼ばれる旅人たちがいるらしい。なかでもアリゾナ出身のMike Brodieという少年が、8万kmという気の遠くなるような距離をトレインホッピングした時の記録写真は世界的に有名だ。その迫力と臨場感は圧倒的。
「トレインホッピング」
言葉もクールだ。スタイルがあるものって、言葉の響きもたいていかっこいい。

あらゆるものを簡単に手に入れることができる今の世の中で「冒険」に出ることはとても難しいことだと思ってしまうけれど、視点を少し変えてみるだけで、身近な場所に冒険のタネがいくらでも転がっているんだなと感じて、なんだか勇気が出た。

Mikeのトレインホッピングとはスケールは違っていても、こうして毎回ロードトリップしながら雑誌を作ることもひとつの冒険なんだと思う。

アルバカーキに近づくと、スナックの袋がパンパンになる。なるほど、ここは高地なんだ。スントの高度計をチェックしてみると、なんと2000m近かった。

原子力博物館でB29と原爆の模型を見て気持ちが少し萎える。けど、次に向かった気球博物館は面白かった。アルバカーキは熱気球のメッカ。一番目立つ場所に飾られていた大きな気球のオーナーは、あの有名レストラン「ベニハナ」のロッキー青木さんだった。彼はとにかく冒険好きだったらしい。



ニューメキシコ大学の構内でスケートしていた4人組に、街のおすすめスポットを聞いてみる。



アルバカーキはニューメキシコ州が独立するずっと以前から、ネイティブ・アメリカンによって文化的にも経済的にも発達した街が形成されていたアメリカ最古の街。大学構内やオールドタウンには“プエブロ・スタイル”と呼ばれる独特の建築様式でつくられた建物がたくさんあって、とてもエキゾチックでプリミティブな雰囲気だ。

スケーターたちがおすすめしてくれた中心街では、美しいミニシアターを取材した他、モダンなコーヒーショップを数軒見つけた。知らない街を巡る時には、大学とコーヒーショップがとても役に立つ。周辺に面白い通りや店が見つかることが多いからだ。



アルバカーキは全体的にぼんやりした印象の街だった。だだっぴろい広場にブロックをぶちまけて、なんとなくならしてみたらこんな感じになりました、というようなイメージ。中心になるような特徴的な場所がないからかもしれない。

夜ごはんは日本食をチョイス。ギリギリセーフ、というようなてんぷら定食だったけど、それでも元気が出る。日本人であるということを差し引いても、やっぱり日本食は最高だと思った。

ギャラップという街まで走り、かのジョン・ウェインも西部劇の撮影のたびに宿泊していたという「El Rancho Motel」に泊まった。

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